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中島弘貴
音楽、文章、絵をつくっています
ギターを弾いてうたをうたいます ギターだけ弾くこともあります それらの活動をとおし、世界を広げ深めて伝えていきます 11年に解散したバンド“立体”ではうたとギターを担当していました 空島出版主宰 お仕事のご依頼、メッセージ等はこちらまで ↓ man_polyhedron@hotmail.co.jp mixi my space soundcloud カテゴリ
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6/16(土)新宿THE DOORS 時間:21時~ 料金:1オーダーのみ 出演:宮越宏之(ギター)+石橋哲(ベース)、中島弘貴、ロックロウ 昼間は洋服屋をしている一室でバーが営まれ、そこでライブをします。ジャズを演奏するデュオ、日本語詞のパンクロックをするギターとドラムの兄弟デュオとの対バンです。入場無料です。 8/25(土)ゆめであいましょう企画「水の果て」江古田Flying Teapot 時間:夜 出演:ゆめであいましょう、中島弘貴 詳細後日 「ゆめであいましょう」こと宮嶋くんによる、うたをうたう人を集める企画です。うたとは何か、生きることはうたうこと、お客さん・演者ともにそんなうたを体験できる夜になりそうです。 6/16(土)新宿THE DOORS
時間:21時~ 料金:1オーダー 出演:宮越宏之(ギター)+石橋哲(ベース)、中島弘貴、ロックロウ 昼間は洋服屋をしている一室でバーが営まれ、そこで入場無料のライブをします。高円寺の洋服屋、invade3の菅家さんとの共同企画。 今回は3月に引き続いて二回目のイベント。前回よりも心地よい空間と時間を提供できると思います。 元・立体の宮越が所属する、温かみの感じられるジャズを演奏するデュオと、 日本語詞のご機嫌なパンクロックをするギターとドラムの兄弟デュオ「ロックロウ」との対バンです。 自分はうたとエレキギターによる演奏をします。 三組の音楽性はばらばらですが、どれもが心地のいい音楽だと言えます。 一緒にライブを観たり、くつろいで話をしたりしましょう。 『THE DOORS』 住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷5-32-6 大西ビル503 地図 電話:0364574306 ただしは長そでと半ズボンの学生服を着て、つば付きで上面がマフィンのようにふくふくとふくらんだ学生帽をかぶって夜道を歩いていた。家はまだ遠い。ふっくらとした畦道に四角く区切られて連なる田んぼは奥の方が黒ぐろとして闇にしずみ、近くでは張られた水の仄かな光沢がゆれ、苗がまばらに植えられていくつかずつの葉がそっと、あるいはすわっと開いている。水面に映るその影のやわらかさ、うつくしさ。ただしは夜のいささか湿った透明さに包まれたその風景のなかで、とことこ進むのだった。淡い淡い白や黄や赤や青の星たちで静かににぎわう夜空の広がり。下方に、その藍色とくっきり分かれた山の連なりがごつごつとした、しかし丸みをおびて真っ黒い姿で静かにある。時々、ごおっと音を立てて風や車が通り過ぎていく。車の場合は辺りが明るくなり、それが最高に達すると、すぐさま暗くなって遠ざかっていくのだ。すると、闇は光が通る前よりもその暗さを増したように思われる。
それからしばらくすると、いつまでも家へ辿り着けないんじゃないかと不安になってきて、ただしは闇に追い立てられるように歩を速めた。じわじわとした怖さがどこまでも大きくなり、初めは靄に似て薄かったそれがやがて濃くなり、心と体に重くのしかかる。いつもの通学路なのに、まるで異次元に迷い込んだようだった。そこら中の暗がりに異形のものたちがうようよしているように思われる。彼らはうつろな眼と冷たい体をしており、アメーバのように伸縮しながら合体したり分かれたりして、宙を浮かんだり脚を生やして疾走したりもできる。時々大きな口を開け、声なき叫びを上げる。そのときの無限のかなしさをたたえた、怨念に満ち満ちた表情にただしの身の毛がよだった。彼らは何をそんなに呪っているんだろう。 ただしはついに駆け出した。車の恐いほどに白い明かりが、走る彼の姿と長い影を闇にくっきりと映し出し、像を残す。彼は異形のものの一人が右肩に手をおき、他のものたちが蠢きながら彼を取り囲んでいるように感じていた。背筋が粟立ち、ぼくはどうなってしまうんだろうという疑問が頭をよぎると、彼は泣きたくなった。死や消滅が彼を待っており、それをいたむ家族の悲しむ姿が脳裏をじわじわと埋めつくしていく…その想像がどうしても本当になるように思われることが、彼には耐え難かった。その想念から逃れるため、ただしは全力で駆けた、駆けた、駆けた。 四方からの目映い照明に照らされた不気味な無人のグラウンドの横を通り過ぎ、シャッターの降りた商店や民家がまばらに建ち並ぶ大通りに出る。その道を沿って走り続け、寂寞とした、コンクリートで塗り固められた広い敷地とたくさんの倉庫を持つ工場を過ぎた。グラウンドの中心にぽつんといてこちらを凝視しながら歪めた笑いをひきつらせているものに、工場や商店の陰から次々と這い出してきてはぞくぞくと迫ってくるもの…異形のものたちはそこら中にいた。その道程でただしは何人かの人を追い越し、同じくらいの人とすれ違った。スーツ姿の会社員、二人連れの若い女性、犬を連れて散歩している老年に近い男性もいた。しかし、ただしには彼らもまた異形のものが化けた姿なのかも知れないと思われて仕方がなかった。街灯や車の明かりが露わにするその顔を見ないようにしてうつむきながら、ただしははあはあと息を弾ませながら駆けた、駆けた、駆けた。 たっぷり十五分ほども走ったただしが道を左に曲がると、そこには彼の住む団地があった。黄みや赤みや白みを帯びた、家々の明かりが窓からもれている。家族の話し声や犬の鳴き声が聴こえてくる。野菜や肉や魚を焼くにおい、おみそ汁やシチューのいい香りが漂ってくる。ようやく、ただしは深く安堵して歩いていた。息はまだまだ荒く、心臓がどくどくと打っていた。 自分の町への愛おしさが抑えきれずに胸から全身へ、全身から外界へと溢れていた。どこまでも膨らむよろこびと、どこか切ない懐かしさがあった。彼の顔はほほえみで輝いていたが、同時にその目には涙が浮かんでいた。 家がどんどん近付いてくる。ただしにとって、たった一つだけのわが家が。彼は早くお母さんや兄のこうじ、妹のかなに会いたかった。お父さんはまだ仕事から帰ってきていないだろう。そして、温かくて美味しいごはんをみんなで食べるのだ。ふと、彼は家の近くの広い空き地の前を通るところで違和感を覚えた。暗闇でいっぱいになっているはずのそこから、ちらちらする光を感じたのだった。 ただしが左へ向き直ると、そこには風に合わせて舞い散る火花に似た光の大群があった。緑を基調にして黄色や水色に移ろいながら昇り、降り、時に渦巻きながら、それは満開になった花々が散開するように豊潤な流れを成していた。光の出どころはすぐに知れた。4~5メートルほどもあるきのこが20も30も、全体が少し歪(いびつ)な輪をなすようにして立ち並び、その傘の裏側が少し沈んだ黄緑色の蛍光を強く放っていたのだ。そこにある襞にそって、それは直線に近い曲線の放射を成して輝いていた。ただしは早く家に帰りたいという切望も、家の近くの空き地にいるという実感もなくし、光の源へ引き寄せられてふらふらと歩いていった。風が繁茂した草花を波うたせ、さあさあざわざわいう音の重なりをそこいら中に放っていた。 ただしの瑞々しい黒髪の艶も、彼の大きな丸い黒目も、ふっくらとした白っぽい頬も、移ろう光の色に染まっていた。寄せては返す風の時々でざあざあと、ぱちぱちと、ふわふわと、流れて走って漂う夥しい光の粒たちは踊っているようで、笑っているようで、うたっているようでとても愛らしく、うつくしく思われた。ただしは彼らと一緒になってその祝祭を、何もかもを忘れてよろこんでいた。笑顔をうかべながら、感嘆の声をあげながら、ぐるぐると見まわしながら。彼は時々両腕を拡げて手の平を空に向け、それらの輝く胞子の群れをうっとりと感じるのだった。 まるで銀河が瞬きながら流れるように、さらに数を増して輝く光は風に命を吹き込まれて舞い続けた。その宴は時間を静止に近いほどに拡げ、同時にその密度をどこまでも濃縮させるのだった。全ての瞬間が結晶化して、ただしの心身を満たしていた。いや、自分自身としての器が溢れかえり、もはやただしはその景色と同化していた。やがて彼はそれすらも超えて途方もなく上昇して広がりながら、しかも生まれてからこれまでで最も鮮やかに『ここにいる』という確信を覚えているのだった。 きのこの散らす胞子は徐々に少なくなった。今や、それは水辺を飛びはじめたばかりの蛍たちの発する、宙を泳ぐ光のように疎らで、輝きもまた仄かだった。そこでただしは反対側へ向き直り、おだやかでやさしい心持ちで空き地を後にした。すっかり弱くなった夜風は肌寒くなり、彼の全身を撫でて過ぎるのだった。夜の町の灯りに照らされるなかで余韻にひたされて歩いていると、彼はもう家の前に立っているのだった。 ただしは呼び鈴を鳴らした。ぱたぱたという足音がして扉が開かれると、そこにはお母さんが立っていた。 「ただし、遅かったじゃない!心配したのよ」 熱をおびて彼女が言った。 「お母さん、ごめんなさい」 ただしはその愛情に満ちた叱責と、彼女がすぐ傍にいることを感じて幸せだった。涙がこみ上げてきたが、表情はほほえんでいた。 「こんな時間まで何をしてたの?まあ、服をそんなにも汚して。しょうがない子ね」 と、言いながらお母さんは胞子が白くこびりついている彼の髪や服をやさしくはたくのだった。 「ごめんなさい、ぼく、さっきまでおかしなことがあったの」 「ほら、まずは着替えなさいね。お腹も空いてるでしょう。ごはんを食べながら話しましょうね」 「うん。ありがとうお母さん」 「ほらほら、もう怒ってないから泣かないの」 彼女は手の甲でただしの目元をなでて涙をぬぐうのだった。そこで、兄のこうじと妹のかなが玄関まで駆けて来た。 「ただし、遅いよー」 「おそいー」 母の背中から顔を出しながら、笑顔の二人は口々に言うのだった。ただしはとてもうれしかった。 温かいご飯のある食卓で、ただしは向かいに座っている母に空き地での出来事を話した。 「かさみたいなあたまをした、こんなにこんなに大きいでんしんばしらみたいなものが、わになって立ってたの」 「たくさんのほしみたいな光がさくらの花みたいにふってきたよ」 「そのなかでこうやって立っていると、すごくいいきもちがしたの」 「いっしょに空をとんで、おどってるみたいだったの」 彼は身振り手振りを交えて、しきりに白いご飯や豚のしょうが焼きや刻みキャベツをぱくついて、おみそ汁をすすったり麦茶を飲んだりしながら話し続けた。 「うんうん、それから?」 「それはどんなものだったの?」 お母さんは相槌をうったり質問をしたりしながら身を入れて聞いていた。顔をただしの方に近付け、彼女は濁りのない体温をおびた眼差しをまっすぐに向けていた。彼女は話が終わると、 「ただし、良かったわねえ。また見かけることがあったら、すぐにお母さんを呼んでね」 と言った。 「え、どうして?」 「お母さんもただしと一緒にそれを見たいのよ」 子供っぽく笑いながら彼女は答えるのだった。 「そのときは、こうじとかなも一緒にね。あ、もしかして、そのきのこってヒトヨダケなんじゃないかしら。ちょっと待ってね」 彼女は自分の部屋からそそくさと図鑑を持ってくる。 「ほら、それってこんなのじゃなかった?」 「ううん、ちがうよ。もっと丸っこかったもん」 「えー。じゃあ、順番にページをめくっていくからどんなのだったか教えてよ」 「ふふ、いいよ」 「これは?」 「ちがう。もっとかさのところがほそながかったかなあ」 「じゃあ、これ」 「あ、ちょっと近いかも。でも、色がもうちょっと白かったよ」 「ふーん。じゃあ、これは?」 ……… ただしは次の夜も、その次の夜もあの空き地へ行ってみた。しかし、あのきのこたちは跡形なく消え去っていた。それからも、彼は夏の盛りが来るまでほとんど毎晩通ったが、あの光景に遭遇することは一度もなかった。彼の学生服や学生帽に付いた胞子もきれいに洗い流され、それらは元の黒さを取り戻していた。しかし、それでもただしは清々しい気持ちだった。この世界には想像もつかない不思議があり、またそれに出会うことができると確信していたからだ。 今日、彼はたくさんの田んぼが広がるところまで出かけて、おたまじゃくしたちを観察する予定だった。数日前から足が生えてきたものが目に見えて増えており、その変化をおもしろく眺めていたのだ。そこまでは川沿いの道を選んで行き、途中で自転車を止め、めだかの群れが泳いでいないかも見てみるつもりだ。 「おかあさん、いってきまあす」 「はあい、いってらっしゃあい」 ただしは大きな麦わら帽をかぶって外に出ると、肌を焼く強い日差しとむわっとする熱風のなかを、車庫の陰に置いている自転車へ向かって駆けていくのだった。 去年、立体のメンバーでもあったアウリステラが半年以上にわたって月に一度の即興ライブを行いました。そして今月、そこから選りすぐった音源をまとめてCDを作りました。
その発売記念イベントがもうじき行われます。 5/17(木)アウリステラ即興ライブアルバム発売イベント『星』江古田Flying Teapot 開場/開始:18時半/19時 料金:500円+1オーダー 出演(出演順):賢いユリシーズ(ゲスト:穂高亜希子)、異形人、アウリステラ+中島弘貴 さて、このイベントでは真摯な姿勢がかっこいい京都のバンド「賢いユリシーズ」が一番手で登場します。 今回そのユリシーズにゲストで参加するのが穂高亜希子さん。びっくりするほど丁寧な歌い手/演奏家です。 そして、二番手は「異形人」。二人の揺らぎや波動がギター演奏と舞いを生み出し、それが別の揺らぎや波動を生み出す男女デュオです。幽玄。 最後はアウリステラと自分のエレキギターデュオ。 今から特別な一夜になる予感でいっぱい。とてもたのしみです。 このイベントを観逃すともったいないんじゃないか、と心の底から思えます。どうぞご来場下さい。
彼女は向こうがわからの光が淡く七色に遊んでこちらに注ぎこむ、白く濃い霧の大きな扉を一つ、また一つと開閉しては進んでいく。一日か二日ごとに扉を一つ通るといったペースだ。それをすりぬける光は通り過ぎた扉の数にしたがって強くなるが、これまでのところ、その光源が姿を現したことは一度たりともない。
今、また一つの扉を彼女が開けると、全てのものの半ばほどが光に覆われている。もう一度これまでと同じくらい進んだなら、輝きがあまりにも強すぎて体も心も真っ白に浸される、そんな場所に行き着くかも知れない。 さて、今回の空間では様々な色や形の花がすでに咲いているが、より多くの植物に見られる、瑞々しく照り映える生まれたばかりの葉、割れ目のできた硬い殻ややわらかな毛で覆われた若芽が新しい季節の息づきをますます鮮やかに感じさせる。近く、遠く、鳥たちのさえずる声が聴こえる。短く、時に長く、感嘆のように、うたうように、あるいはおしゃべりのように。その姿が見えることもある。ほら、尾の少し長い翠色の小鳥がそこの枝から枝へ、ちょんと跳び移る様子が今も見えた。ここはあまりにも心地がいいので、彼女は力のみなぎる肢体を大きく伸ばして空気を胸いっぱいに吸いこんだ。 ゆっくりと歩きながら、時に湧きあがるよろこびを抑えきれずに駆け出しながら、彼女は長い朝と昼を満喫しながら進む。ついに体が少し重くなってきたので、鬱蒼たる森のなかの広場にある、地面から生えて三又に枝分かれした椅子の一つを選んで座り、一休みする。そうしながら、彼女は中空の一点をじっくりと眺めておだやかな微笑みを浮かべているのだった。その翅(はね)の色である橙色の帯を描きながら飛んできた天道虫が、彼女の右肩に止まってもぞもぞと動いていた。 しばらくすると、一人の男性が繁みを掻き分けてやって来た。息を切らし、顔に玉の汗を浮かべた彼はこちらに近づくと、 「こんにちは」 と些か堅苦しい調子で言うので、彼女も 「こんにちは」 と返す。 「こちら、よろしいですか?」 彼が右手の平で別の枝に生えた椅子をさした。 「ええ、あいているのでどうぞ」 彼はせわしなく辺りを見回してから、 「いやあ、随分と歩き続けてきました。それにしても、景色が大分変わってきましたね。最近は見違えるように明るくなった」 と切り出した。 「ええ、扉を開ける度に様子が違っていてたのしいですよね」 「いやあ、お恥ずかしいことに、辺りを眺める余裕があまりないので、それぞれにどんな違いがあったのかは覚えていないんです」 「どの場所もすてきでしたよ。それぞれに違う植物が花を咲かせ、葉を繁らせ、実を付けて。活動する虫や動物たちも場所によって違うみたいです。それに苔やきのこたちも」 「へえ、そんなにも違うものなんですね」 「ええ、光の加減はもちろんですし、空気や風の肌合いやかおり、味までも違いますね。それに空の色や高さ、雲の広がりも違う」 「それは惜しいことをしました。今となっては、それを確認するために引き返したくても引き返せませんね。残念です」 「どうして余裕がなかったんですか?」 「辺りを眺める余裕がですか?」 「ええ」 「早く終わりに辿り着きたかったんです。いや、今でもそう思っているんですよ」 「それはどうしてですか?」 「どうしてって、そこに辿り着くことこそが、こうしてここにいる唯一の目的に思えるからです。違いますか?」 「わたしに違うかどうかは分かりません。ただ、早く終わりが来ればいいと思ったことはないなあ」 「どうしてですか?」 「それは、こうして一つ一つ扉を開けてゆっくりと進んでいることがとてもたのしいからですね」 「じゃあ、あなたは終わりが来なければいいと思っているんですか?」 「いいえ、終わりが来ようが来るまいが、わたしにはどちらでもいいと思えるんです」 「不思議なことをおっしゃいますね。もしも次の扉を開けた瞬間に終わりがそこにあったとしたら、あなたはそれからどうなさるんですか?」 「うーん、何もしないでしょうね。その終わりがどんなものかも分かりませんが、それによってこの世界が無くなるか、わたし自身が無くなりでもしない限り、これまでどおり今ここにいることを存分に体験しながらゆっくりと進んでいくつもりです」 「はあ、そんな生き方もあるんですね」 「ええ。わたしにはこうするのが一番しっくりくるんです」 「とてもすてきですね。…あ、よく見ると、あんなところに果物が」 水がこぶし大の玉を成したような、うっすらと青くて透明な林檎が、二人のほぼ中間点に位置する椅子の樹の枝先からたった一つだけ生っているのだった。そして、その果実の東半球の表面は光をうけて白金(しろがね)に輝いていた。 「実は、わたしも体を休めながらあれをじっくり眺めていたくて、この椅子を選んだんです」 「へえ、そうだったんですね。ああ、それにしてもきれいな実ですね」 その実には風にそよぐ葉群れがやわらかな影を落とすことがあり、その影が離れるたびに透明な果肉はうっとりするように細やかな光の縞々(しましま)を周りになげかけるのだった。また、あるかなしかに波うつその表層を通して真ん中にある小さな種子の集まりが見えた。 「はい、こんな林檎は初めて見ました。深い夕焼けのように紅いものなら何度も目にしたんですが」 「へえ、それもまたうつくしそうだ。僕はそのことすらも知らなかったです」 「ええ、とっても可愛いですよ。…さて、わたしはそろそろ先へ行こうかと思います」 そう言って、彼女は立ちあがった。 「はい。僕はもう少しゆっくりしてからいこうかと思います。」 「では、ごきげんよう」 「あ、少しだけ待って下さい」 「どうかされましたか」 「いえ、ただお礼をお伝えしたかったんです。貴重なお話をどうもありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそどうもありがとうございました」 「僕もこれからは辺りを観察する余裕を持って進んでみます。それでも、いつか終わりに辿り着きたいのはこれまでと変わりませんが」 そう言って、彼はにっこりと笑った。 「はい。それでは、お互いにいい旅をしましょう。そして、どこかでまたお会いしましょう」 「ええ、良い旅を。僕もあなたにまた会いたいし、どこかでまたお会いできる気がしています」 夕方から零れはじめた世界中全ての涙は夜の深まりと共に数を増しながら滴り続け、明け方にはある一つの小島の地表を覆い尽くす、逆様のつららに似た石筍の群れをつくる。赤から白へと移る曙光がじわじわとそれらを溶かし、流し、多くの水溜りを生む。丘や平野の地形に沿って曲がりくねりながら繋がる、あるいは丸みを帯びて点在する、陽を受けて輝くその一面の模様の美しさに、思わず息を止めた。
4/19(木)代官山「晴れたら空に豆まいて」にて
http://mameromantic.com/ 開場/開始:18時/18時半 予約/当日:2,000/2,500円(1ドリンク別) 出演(出演順): ①Rena②進藤匠③小貫諒④Loach⑤中島弘貴(21:10~) 昨年12月の立体解散ライブ以来のライブハウス出演です。 会場は温かみのある内装と雰囲気で、音の響きもとてもいいところです。 エレキギターで弾き語ります。 「あきらくん」
太陽の光の映える教室で先生はあきらに、春の空気のようにやわらかく語りかけた。 「はい、先生」 椅子に座り、鉛筆を持って教科書とノートを広げた机に一人きりで向かうあきらが顔を上げてはっきりと返事をした。 「どうして君はそんなに勉強ばかりしているの?」 「はい。ぼくはぼくの結晶を磨いて立派な人になりたいんです」 「勉強はたのしい?」 「いえ、あまり楽しくはないです。ただ、授業で正解をもらえたりテストで良い点数をとったりすると褒められるので、それをするのが正しいんじゃないかと思えるんです」 視線を落としてあきらが答えた。 「そうか…。それにしても、きみの結晶はきれいだね」 先生はあきらの胸のうちでてらみら光る、灰がかった煙水晶を見て言った。それは角ばった球形をして小さかった。 「ありがとうございます。自分では何も見えないんですが、そう言って頂けるとうれしいです」 「この学校のなかで誰よりもよく整ってるよ」 「そうでしょうか」 あきらは顔がほころぶのを隠しきれずに言った。その声も少し弾んだ。 「でもね、それは小さくまとまり過ぎているんじゃないかと思うんだ」 「どういうことでしょうか?」 あきらの顔にさっと陰が差した。そのとき、彼の煙水晶の輝きもまた鈍った。 「ぼくはあきらくんに、たのしくないことを一生懸命にするんじゃなくて、たのしいことを一生懸命にして欲しいと思うんだ。きみの結晶は磨き続けるあまりに成長が抑えつけられてるんじゃないかな。それに、外側は磨きあげられてぴかぴかしてるけど、内側からの輝きが少ないように見えるんだよ」 と言うと、先生の胸のうちにある透明で大きな、形の異なる氷山が上下にくっついたような深く青いサファイアの輝きがくもった。 「そうしたら、ぼくも先生のような結晶を育てることができるでしょうか?」 「ぼくの?どこがそんなに良いのか、自分ではよく分からないけどなあ」 「先生の結晶は今までに見た他の誰よりも美しいです。実は、ぼくが勉強ばかりするのは、そうすれば先生のようになれるんじゃないかと思ったからでもあるんです」 言いながらあきらの瞳はきらきらして、彼の結晶は色のない透明にさあっと変わり、輝きが強くなった。そして、四方八方から滴る六、七粒の光の雫がそれをうつのだった。 「そうかなあ。ぼくはそんなに大したもんじゃないよ」 「いいえ。今日だって先生はぼくの結晶をしっかりと見て下さいました。他の多くの大人たちは、結晶の表面がなめらかなことやきれいに磨かれていることだけを見て良しとします。そうやって褒められてうれしいこともあるけれど、寂しく思えることも時々あります」 「うん、確かにきみたち一人一人をよく見たいとは思ってるよ」 「はい、ぼくにはそんな先生が憧れなんです」 言いながら、あきらの結晶はさっきの雫を受けて少しだけ大きくなっているのだった。さらに、色とりどりの雫が結晶に滴り続けていた。 「あきらくん、どうもありがとう。先生も先生の結晶を大切にしていくから、きみも一緒にそうしていこうね」 「はい」 はっきりと返事をしながら、あきらはやわらかく笑うのだった。 「きみはすごいね。この短い時間のうちに、顔の表情も結晶もすごく良くなったよ」 「そうでしょうか。とてもうれしいです」 「うん。そのまま素直で居続けたならずっとずっと大きくなって、もっとうつくしく輝けるよ」 「はい。先生、ぼくはこれでいいんですね」 「うん、これからきみは両親や友達と同じように自分のことも大切にするといいよ」 「はい、そうします。先生、ぼくは自分で考えて自分で行動してもいいんですね」 「そうだよ。時に苦しく、難しいかも知れないけど、それはきっとすばらしいことなんだよ」 「はい。そうして自分の力で生きられたら、きっと晴れ晴れとした心でいられるだろうな。先生、人生は希望で満ち溢れていますね」 「うん、人生はすばらしいものだよ」 そう言うと、透みきった海のように、たくさんの光の縞や塊が先生の結晶から放たれるのだった。一方、虹の元素のように彩り豊かな光の雫が夥しい群れとなってあきらの小さな結晶の表面すれすれを何度も何度もゆっくりと公転し、その過程でそれらが幾つも付着して、彼の結晶は少しずつ成長をはじめていた。 「わあ。先生の結晶は本当にうつくしいですね」 「ふふ。多分あきらくんの結晶はもっとうつくしいよ。惚れ惚れするなあ。きみやみんなの表情と結晶がそうやって内側からも外側からも輝いている様子を見られるのが、ぼくには何よりもうれしいんだ」
ある晴れわたった春の昼下がり、おばあさんは乾いた洗濯物を取り込むために庭へ出ました。日差しは暖かく、それでもまだ冷たい風が時おり強く吹きつけてきて草木や洗濯物や布団をゆらします。庭の赤い椿は花をぽとぽとと落とし始めており、その反対側にある桜は開きかけた蕾と開いたばかりの花とが混じっているところでした。
さて、そんな季節を体と心いっぱいに吸いこみながら、おばあさんはゆったりと洗濯物と布団を家に取りこみました。そこへ、孫娘のえりがやって来ます。 「おばあちゃん、きょうもいいてんきね」 「ええ、とっても。どんどん春めいてくるわね」 「はるめく?」 「そうそう、冬がさようならをして春がやって来るっていうことよ」 「へへ、はるめくはるめく。はるめいちゃった。うれしいね」 「うん、えりちゃん。うれしいわねえ」 そこで、えりは部屋の様子がいつもとちがうことに気が付きました。 「おばあちゃん、なにかいる」 なるほど、ひゅうひゅうびゅうびゅういいながらカーテンをはためかせたり、洗濯物を宙に浮かしたりする見えないなにものかが部屋のなかにいるようなのです。おばあさんはぴんときました。 「ああ、きっと北風の子が紛れこんだのね」 「かぜってあのかぜ?」 「そうよ、わたしも小さい頃に風の子と仲良くしていたことがあるの」 そう言っているうちに、部屋のなかの風が二人に付きまとってきました。 「ふたりいるみたい」 「そうねえ。一人にもう一人がぴったりとついていってるみたい」 「きっとおにいちゃんといもうとよ。そんなところがようくんとはなちゃんにそっくりだもん」 ようくんとはなちゃんとは、えみがよく一緒に遊ぶ近所の子供です。5歳と3歳の仲の良い兄妹なのです。 「そうかも知れないわね。あらあら、本当に人懐っこい二人だこと」 風の兄弟は二人にまとわりついて髪や服をゆらします。 「きゃっ、くすぐったい。おもしろーい」 そこで、えみは洗濯物の山からハンカチを取り出して宙に投げました。すると、それを風の兄妹がもっと高くに舞わせます。続けて、えみが投げた彼女の保育園帽もふわふわと。 「あはは、とうめいにんげんがあるいてるみたい」 えりが差しだしたお父さんのコートを、風の兄妹がたくみに浮かべて動かしていきます。 さらに、さまざまな色が縦縞になった紙風船を飛ばしあったり、彼女が作った紙飛行機や折り紙の鶴を滑空させたりと、えりと風の兄妹はすっかり友達になりました。 そうしているうちに、空が暗くなりはじめていました。 「えりちゃん、そろそろ二人を帰しておやり」 おむすびを握ったあとで、手が水に濡れ、そこにごはん粒が幾つかくっ付いているおばあさんがやさしく言います。 「えー、いっしょにすんでもらおうよ」 そう言う間にも、風の兄妹はえりの艶のあるさらさらした髪の毛を波立たせるのに夢中になっている様子です。 「いいえ、だめなのよ。わたしも小さい頃に北風の子と一緒に暮らしていたことがあってね。すっかり春になると消えてしまったの。この二人にそうなって欲しくはないでしょう?わたしたち人間には人間の暮らしがあるように、風には風の暮らしがあるのよ。ね、えりちゃん」 「うん…。でも、でも、わかれたらもうあえない?」 と、えりは涙を浮かべています。 「冬が来たら、きっとまた会えるわよ。毎年毎年一緒に遊べるのよ」 おばあさんが微笑んで言うと、えみもぱあっと明るい笑顔になりました。 そして、えりは彼らを帰そうと窓を開け放ちました。しかし、兄妹は一向に出ていこうとしません。そこで、おばあさんは思いきって大きな風呂敷で彼らを包みこみました。逃さないように素早く、それでもできるだけやさしく。風の兄妹は不安と恐怖に震えながらそのなかをぐるぐる回っていましたが、おばあさんが庭に出るとすぐに広い空間へ放たれました。おばあさんの左の袖を掴みながら、えりも静かにしてそこにいました。 風の兄妹は自分達がどうしてそうしているのかを分かったようで、えりとおばあさんの周囲を、彼らにやさしく触れながら二度、三度と回って空へ帰っていきました。折しも、外の世界は黄金がかった橙色から桃色へ移ろうとする夕焼けに照らされていました。そうして、二人とも寂しいような、それでも清々しい気持ちで北風の兄妹を送り出したのでした。 「おばあちゃん、ふたりはみんなとあえたかなあ」 「ええ、会えたでしょうとも。お母さんやお父さん、おじいちゃんやおばあちゃん、それに友達ともね」 「わあ。じゃあ、こんどはみんなであそびにきてほしいな」 「ふふ、でも全員が北風だからきっと寒いわよ」 「そうね。でもさむくてもしあわせだからいいんだ」 そうして、冬が嫌いだったえりに、冬の大きなたのしみが一つできたのでした。
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