中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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「トビエビとホタルエビ」

トビウオという魚が胸ビレを羽根のように広げて水上に跳び出し、水面すれすれを見事に滑空することはよく知られている。しかし、それよりも飛距離は劣るものの、同じように飛翔能力のあるエビの存在はあまり知られていない。ここでは、そのトビエビと、近縁種にあたると考えているホタルエビを紹介したい。

沖縄県には座間見島という小さな島がある。その島は沖縄本島より西に20kmほど海を隔てた場所にあるのだが、その北東に黒前崎という岬がある。黒前崎の近くに阿良洞穴という、大人一人が体を屈めて何とか入れるくらいの入口の開いた岩穴があり、その最奥部には小さな湖がある。

ここからは7年前、私が実際に阿良洞穴へ入ったときの体験を記して、話を進めよう。
私が洞穴へ入り、屈んだまま進んでいくうちに辺りは真っ暗闇になった。入口以外に日の射し込む場所が全くないのだ。気を抜くと岩に体のあちこちをぶつけかねないし、どの方向に進んでいるのかさえ分からなくなりそうだったので、慎重に手探りをしながら、じりじりと進んでいった。あたりは静まり返っており、水の跳ねる音だけが遠くから聞こえている。やがて、立ち上がっても全く問題ないくらいに洞内が広くなったので、私はその音のする方向へ、壁に手をつきながら歩いていく。それから5分ほど進むと、水の跳ねる音が大きく、加えて仄かな明かりが奥の方に見えはじめ、そこから1分ほどで目の前が開けた。
そこに湖はあった。湖の隅の方や水底を中心に、淡い水色に光る丸い光が夥しく点在し、洞内が薄ぼんやりと青く照らされ、見渡せるようになっていた。水面から跳び上がる小さな影が幾つも見え、石で水を切ったときのような連続する軌跡と音がある。そのときの感覚を明確に説明する術を持たないが、光を反射する飛沫や水面の揺らめきも含め、私にはその光景が妙に音楽的に感じられ、心が大きく震えたのを未だに、鮮烈に覚えている。

名前から察せられるとおり、そのときに発光していたのがホタルエビの雄で、跳んでいたのがトビエビの雄であった。どちらも体長4~6cmほどの小さなエビであるが、その姿には特筆すべき違いがある。
まず、ホタルエビの雄の背中側の体表には細かな発光器があり、それによって神秘的な柔らかい光を放つことができる。その体色は雌雄ともに蝋梅の花に似た半透明の黄色だが、雌には発光器が存在しない。
次に、トビエビの雄の背中の殻は真ん中で縦に割れて分かれており、後方へ跳べるように、昆虫や鳥のそれとは逆向きの――つまり、背中の下から上へ向かって生える――羽根がついている。周知のとおり、エビは後ろ向きに素早く泳ぐので、そのような構造でないと上手く跳べないのだろう。ちなみに、雌雄ともにトビエビの体は白く、触覚が4~5cmと異様に長いのが特徴であるが、雌にはやはり羽根が存在しない。加えて、トビエビには目がない。退化したのであろうと考えられている。
上述の特徴以外に、この二種に大きな違いはない。冒頭で触れたように、同じ属に含まれる近縁種であるとされているのである。繁殖期も5月~8月と、同時期に訪れる。ホタルエビの雄は発光して雌を誘い、トビエビは跳躍によって生じた水の流れによって長い触角を持つ雌に働きかけるのである。つまり、阿良洞穴を訪れたとき、適当な時期と時間に巡り合わせれば、私のようにすばらしい体験を得ることが出来るというわけだ。

さて、全く同じ環境にある二種が何故このように全く別の形で進化するに至ったのだろう。恐らく、それは繁殖のし難い真っ暗闇の洞穴のなかで、その環境に適応するのか、それとも、その環境を打破するのかを種が選択した結果なのではないかと考えられている。視覚の代わりに触覚を利用しようとしたトビエビが前者、視覚を作用させるために発光器を身に付けたホタルエビが後者であったというわけだ。
ところで、この洞穴は1968年に沖縄地方を襲った、二度にわたる震度4の地震によって入口が開けるまで、人々に知られることはなかった。おそらく数十万年の間、外界から隔てられたままになっていたと考えられる。そのように閉鎖された、長きにわたる困難な状況が、進化の多岐性を端的に表す希有な実例である二種のエビを生み出したのだと思うと、生命の驚異を改めて思い知らされずにはいられない。

(空島出版『水の生き物』より抜粋)
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by ototogengo | 2010-02-24 16:45 | 空島出版 | Comments(0)
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