中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『石鹸の花』

真新しい、少し光沢のある白く丸っこい石鹸を、底へ沈まないように塩水をほぼいっぱいに張った陶製の鉢のなかで浮かべる。晴れのときは一日に二度、朝と夕方に石鹸の上から塩水をかける。それを欠かさずに行って二ヶ月もすると、大きな蓮そっくりの花が咲く。ふっくらとした花弁には細かい間隔ごとの条線が見られ、眩しいほどに白い花びらは先の方だけがうっすらと桃色に色づいている。空気に触れる面積が増したためか、それは元の状態よりもさらに広く、さらに豊かに香るように思われる。また、水をあげた後、いくつかの水滴が花の表面に玉をなしてくっつき、そのなかで陽光がきらきらと戯れている様子も、花自体の見事さと相まっていくら眺めても飽き足らないほどうつくしい。
石鹸の花は短命で、わずか6日しかもたない。しかし、実際の蓮の花は4日で散るというのだから、それでもまだ長いといえるだろう。5日目から花びらが一枚、一枚と水面に散りはじめ、6日目の夕方にはほぼ完全な球形をした小さな石鹸の芯だけが残される。そして、未だに瑞々しく見える白い花びらの数片がその周辺に浮かんでいるというわけだ。その経過もまた趣深くて実にいい。
そのあとは花期を終えた石鹸の芯と花びらを全て集め、もう一度元の丸っこい姿に作り直す。そうして、再び花が咲くときをたのしみに、真新しいとしか思えないように復元したその石鹸を一から育てはじめるのだ。
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by ototogengo | 2012-06-20 22:41 | はなし | Comments(0)
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