中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


【SNS】

twitter

facebook

mixi


【音源試聴】
soundcloud

my space


お仕事のご依頼、メッセージ等はこちらまで ↓
man_polyhedron@hotmail.co.jp
カテゴリ
全体
はなし
空島出版
出演、出展
言葉
言語
日記

写真

手紙
共作
本や音楽などの紹介
気休め
音楽集団“立体”
歌詞
未分類
その他のジャンル
記事ランキング
画像一覧


『越境をする』

その人は越境をする。例えば、壁や絨毯やカーテンや布団カバーなどに何らかの模様が描かれていれば、そのなかへ入って人間の姿に象(かたど)られた模様の一部に変身する。その模様に実のなった植物があしらわれていれば、それらの果実の一つを取ってこちらへ戻って来ると実物になり、代わりに模様のなかのそれが消えている…といった具合に、あちらのものをこちらに持ち出し、こちらのものをあちらへ持っていくこともできる。
その人は越境をするので、本のなかへ入ることもできる。それが小説であれば新たな登場人物の一人となるし、画集であればその画風どおりの姿に変わって絵のなかに現れる。辞書ならその人の名前の一項目が加わるし、学術書や図鑑など、本文に出番がないものならページの端やカバーの裏などに、名前の文字や小さなシルエットへと姿を変えてこっそり介入する。

その人はそんな越境を実にたのしく続けてきた。
そうするうちに自分と他のものとの区別がつかなくなるかと思いきや、自分自身を遥かによく知るようになった。さまざまに異なる物事のなかへ身を投じることで、自他の差異をより多面的、かつより深刻に実感できる。だから、その経験を積めば積むほど、そういった差異をなくすように自身の存在を変える、より巧みな越境が可能となる。その人はその人自身に他ならず、それでいて如何なる対象にも馴染めるというわけなのだ。
偏見をもたず、ごく丁寧に対象を見極め、自分をそれに出来るだけ合わせて共存していく。そのように、多くの越境を体験するなかで共通して顕われる自分の傾向が、性質が、その人をその人たらしめている。個とは、固定されたものに限らず、運動や成長を含む総体なのだ。そのような個は信じ難いほどたくさんの面を備えており、異なる状況と出会うごとにその一面、もしくは数面に光が当たって反射が生まれ、それが反対に世界の一部を照らし出す。
だから、その人は自分らしいだとか自分らしくないだとかに煩わされることなく、種々雑多な越境を続けていく。その行き先はハンカチに刺繍された数種類の小鳥たちによる規則的なパターンのなかであったり、自然の作用によって一枚岩の表面に現れた海岸にも似た風景のなかであったり、天使と空と草花の描かれたステンドグラスのなかであったり、いろいろな星たちの瞬いて煌めく夜空のなかであったりする。そのような越境の経験によって、自分自身と世界とが運動や成長、連環をする様が実感され、その双方の実体がより明らかになるのだ。

(さあ、今日はどこへ行こうか)
その人はそう思いながら、これからどんな発見に出会えるのかと、とてもわくわくしている。その人は決して飽きることがない。自分自身も世界も、尽きることのない豊かさに満ちている、もしくは満たすことができると知っているからだ。その人は、知れば知るほど知らないことが多くなるとますます強く理解してきたし、これからも理解していくだろう。
そうして、知ったかぶりや決めつけによる境界を決して作らず、他の誰かがそのような虚偽によって築いた境界にも決して囚われることのないその人は、越境をして未知と出会い続ける。地続きとなったこちらとあちらとを限りなく自然に、呼吸をするようにして行き来しながら。
[PR]
by ototogengo | 2013-03-31 18:11 | はなし
<< 『缶詰』 『受粉者の独白』 >>