中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『缶詰』

ずっと昔から仕事場の倉庫の隅に放置している、保存食の入った箱のことをふと思い出した。それはあの大震災の直後、有事の際の備えとして用意したものだった。

次に仕事場へ出向いたとき、わたしは倉庫に入った。埃の積もった箱を取り出してそれを払い、意を決して20年以上ぶりに開ける。すると、中から微かな水音がちゃぷちゃぷと聞こえてくるではないか。音の源は、とうに賞味期限の切れた鰯の缶詰だった。恐る恐る缶を開けると、生き返った二匹の鰯が窮屈そうに入っており、油で濁った液体の中で体をひらひらさせて泳ぎたがっている。
続いて、他の缶も開けてみる。乾パンは意外にも異状がなかったが、桃の缶詰は外観からして変わっていた。内部から缶を突き破ってか弱い枝が伸びており、半ば萎れた葉がついていたのである。太陽光の決して届かない箱のなかにずっと置かれていたので、元気がないのは当然だ。
それから、わたしは枝と密接した缶を苦心の末に切り外し、根っこにへばりついていた、乾いてしわくちゃになった果肉を丁寧に取り除いた。ちなみに、その弱弱しい桃の樹は果肉の水分とそれを浸していたシロップを養分にして育ったらしく、缶の中に水分はほとんど残っていなかった。

わたしはその小さな樹を自宅へ持ち帰り、庭の一角にある、日当たりのいい場所に植え直した。一週間、二週間と経つうちに桃の樹は元気になり、枝も葉もすくすくと伸び始めた。どのくらい先になるかは分からないが、花や実をつけるのがたのしみである。
ところで、その桃の樹のすぐそばに小さな池がある。実は、そこにあの生き返った二匹の鰯を住まわせていたのだ。缶のなかで暮らすうちに環境への高い適応力を身に付けた彼らは、その淡水のなかでも難なく暮らしていた。しかし、いつの間にかそのうちの一匹の姿が見えなくなった。大方、池の周囲に時々やって来る白鷺(しらさぎ)にでも食べられてしまったのだろう。もう一匹は仲間がいなくなって寂しがる様子もなく、これまで通りに泳ぎ回っている。
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by ototogengo | 2013-04-06 21:37 | はなし
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