中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『彼の草の毛』

髪の毛、髭、眉毛、その他もろもろ…彼の体に生えるありとあらゆる毛は、注意を払わなければ、他の人のものと大して変わらないように見える。しかし、それらの実体は細長く尖った単子葉類の草なのだ。例えば、身だしなみのために髭や眉毛を引っこ抜くと、根っこがするすると出てくる。あるいは、途中でぷつんと切れる。 彼はそのように抜いた毛や自ずと抜け落ちた毛を親指と人差し指の間に挟みながら転がし、もてあそぶのが好きだと言う。
陽の明るい日、彼はよくご機嫌になる。張りのある毛が光を受けて美しく輝くし、柔らかな影を落とすから。風の吹く日、彼はよくご機嫌になる。髪の毛が揺れてこすれ合い、草原のようにさやさや、しゃらしゃらと鳴るから。その音といい、繊細かつ力強い形といい、瑞々しい緑色といい、彼は自分の毛を自慢に思っている。
ただし、おいしい葉に誘われて、鼻のなかや耳のなか、わきの下などに小さな虫が度々入って来ることには困惑している。いつまでもそのくすぐったさに慣れないし、何とか取り出そうとしてその虫を殺してしまうこともあるから。また、初夏から秋にかけて、彼が自然の多いところにいると、虫たちは草の毛を目指し、大群隊を成してやって来る。それは深刻な悩みの種だった。虫たちは彼の毛をむしゃむしゃ、しゃくしゃくとむさぼり食い、取り分け毛の密集する髪や眉を不格好にしてしまう。だから、そんなとき、彼は帽子を深くかぶって予防せねばならない。冬になれば帽子なしで済むかと言えば、そんなことはない。むしろ、自宅以外のどこにいても帽子をかぶらねばならなくなるのだ。なぜなら、その季節、彼の毛は茶色く枯れ、縮れたり折れたりした後で抜け落ちてしまうから。

彼は「自分の毛のすばらしさを多くの人に見てもらいたいのに、それを示す機会が少なすぎる」とよく嘆く。そんなとき、「どの季節の、どんな状態のあなたの毛にもそれぞれの良さがある」と言って慰めるのだが、決して納得しない。あげくの果てに、「君はぼくとは違うから、君には絶対に分からないよ」と彼は吐き捨てるように言う。草の毛を持つ当人にしか計りがたいことがあるのは確かだろうが、草の毛を持たない人の意見に少しは耳を傾けてもいいのではないか、と思う。「そうじゃないと、立場の違う人同士は永久に分かり合えないよ。それほどさみしく、つまらないことはないじゃない」…つい最近、同じ話題が出たとき、力を込め、声を震わせて私がそのように説くと、彼は神妙な面持ちで聴いていた。こうまで人と人とは分かり合えないのか、どうしてこんなことでいがみ合わねばならないのか、とやり切れなくなり、私は泣きそうになったが、何とかこらえた。すると、「うん、すごくさみしいね。そうだよ、いつまでもこんなことじゃだめだ」と彼は応え、その眼から大きな涙が一粒、二粒とこぼれ落ちた。そのとき、彼の緑色の上睫毛にくっついた小さな真ん丸い涙の雫が震えていて、それが妙に美しかった。
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by ototogengo | 2013-09-22 22:50 | はなし
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