中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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<   2012年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧

『植物の蛹(さなぎ)』

Y「あれ、この雑草は一週間前に見たものとずいぶん様子が違います。先生、確かこの場所に生えていましたよね?」

先生「ええ、きみから預かっている観察ノートにもそう書いてありますよ。ほら」

Y「本当ですね。やっぱり色も形も全然違います。植え替えられた形跡はないし、生え変わったとしても成長が早すぎる」

先生「そう、そのどちらでもないでしょうね」

Y「先生はどうしてこうなったか知っていらっしゃるんですか?」

先生「ええ、分かりますよ。この草は一週間のうちに蛹になり、変態して脱皮をしたと考えられます」

Y「え、昆虫と同じようにですか?」

先生「その通りです。よく見ると、この葉は半透明だし、触ってみても…ほら、まだかなりやわらかい」

Y「あ、本当だ」

先生「この様子からすると、恐らく昨夜のうちに脱皮したんでしょう。では、Yくんは次に、この野原のなかで蛹になっている草を探して下さい」

Y「見つけたらどうすればいいですか?」

先生「私にすぐ教えて下さい。根っこごと掘り出して教室にある植木鉢に移し変え、それが脱皮する様子を観察することにしましょう」

Y「やった。それはとてもたのしみです」

先生「ええ、たのしいし実に美しいですよ。私はこれまでに百回以上その現場に立ち会いましたが、毎回初めて見たときと同じくらい感動するんです」

Y「えっ、そんなにですか?ますますわくわくしてきました」

先生「どれだけ期待をしても、きっと良い意味で裏切られますよ」

Y「ところで、蛹になった草はどんな様子をしているんですか?」

先生「大まかに分けると、葉や茎の形を残したまま乾いた皮に覆われるものと、たくさんの細い繊維で覆われた丸みを帯びて細長い繭になるものの二種類がありますね」

Y「探すのはどちらでもいいんですか?」

先生「ええ、どちらでも。Yくん、そろそろ行かないと課外活動の時間が終わってしまいますよ」

Y「はい。それではいってきます」

先生「いってらっしゃい」

S「先生」

先生「Sさん、どうしたんですか?」

S「植物の脱皮について、わたしももっと知りたいです。Yくんとの話が聴こえてきて、とても興味をひかれました」

先生「ええ、私に分かることなら何でも教えますよ。何か質問はありますか?」

S「はい。脱皮をする植物は多いんですか?」

先生「この国には五十種類ほどしか知られていません。意外に多く思われるかも知れませんが、全国には七千種類以上もの植物が確認されていますから、実のところは極めて少ないと言えるでしょうね。この野原に自生しているものとなると、せいぜい二~三種類でしょう」

S「そうなんですね。どうりでこれまで知らなかったわけです。ちなみに、彼らはどうやって蛹になるんですか?」

先生「気孔という、酸素や二酸化炭素、それに水蒸気を出し入れする小さな孔(あな)から蛹の殻をつくる液体や繭をつくる繊維を出すんです」

S「唇みたいなかたちをした、開いたり閉じたりするものですよね」

先生「ええ、そのとおりです」

S「気孔は葉にあるものだと習った覚えがあります。そうすると、蛹は葉の周りが厚く覆われているんですか?」

先生「いいえ。気孔は茎や花にもあり、果実にさえも存在するんですよ。だから、植物の蛹も昆虫のそれと同じように驚くほど均一につくられるんです」

S「へえ、命って本当に良くできているんですね」

先生「ええ、生きものが生きるための仕組みの精妙さは奇跡と呼ぶべきものでしょうね」

S「奇跡…。ところで、植物たちは脱皮の前後でどんな風に変わるんですか?」

先生「種類によっていろいろですね。赤っぽかった葉や茎の色が深緑に変わったり、鋭い刃(やいば)のようだった葉が広くて丸みのあるものに変わったり…、ああ、そういえばずっと変化に富んだものを一つ思い出しました。蛹になる前には葉がなくて一本の真っ直ぐな茎だけだった草が、それを破った後でやわらかい葉を放射状に数枚つけるんです。そして、全体が緑色をした大きな花のようになるんだから見事としか言いようがありません」

Y「先生、蛹を一つ見つけましたよ!あれ、Sさん。どうしたの?」

S「Yくんと先生の話を聞いていて興味を持ったから、詳しく教えてもらってたのよ」

先生「Yくん、こんなに短い間でよく見つけましたね。では、Sさんと私をその場所まで案内してもらえますか?」

Y「もちろんです。こっちですよ」

S「ねえ、どんなのだった?」

Y「ええと、突っ立った棍棒(こんぼう)みたいな、ふわふわした繭だったよ」

S「何それ、おもしろそうね。大きさはどのくらい?」

Y「意外に小さかったよ。高さは30cmくらいかなあ」

先生「蛹になるときはまだ子供ですからね、大抵は小さいんです。Yくんの話からすると、ハヒガンバナのようですね。ほら、Sさんにさっき話した葉が花のようになる種類ですよ」

S「彼岸花に似ているんですか?花とおっしゃるから桜か睡蓮みたいになるんじゃないかと想像していました。たった一本の茎があんなにも複雑な形をしたものになるなんてますます不思議です」

先生「精確に言うと、彼岸花はいくつかの花が集まってああいった形になるんですが、ハヒガンバナはその一つの花に似ているんですよ。もっと言うと、その一種である狐の剃刀(かみそり)という花にそっくりだと私は思っています」

Y「先生は何でも知っていらっしゃいますね!ぼくは植物が変態するなんてこれまで想像もしませんでした」

先生「いえいえ、私も未だに知らないことだらけです。この世界には同じように想像の及ばないことが、一生をかけてもとても知り尽くせないほどたくさんあるんですよ」

S「先生にそう言われると、すごく説得力があります。これからどんなものと出会えるのか、たのしみだな」

Y「Sさん、ぼくも本当にそう思うよ。先生、この世界は感動的なものですね」

先生「ええ、感動的で愛すべきものです。そして、この世界にある一つ一つの物事を丁寧に知ることはそれを愛することだと思います。そうやって愛していれば、知識は生き生きとしたものとなって私たちに根付くんです」

Y「ほら、先生、Sさん、ここですよ。ああ、何て可愛いんだろう」

S「わたしも、草がこんなにも愛おしく思えるのは今がはじめてかも知れません」

先生「可愛いですよね。その気持ちでこの繭をこれから観察していきましょう。そのうちに、そんなすばらしい気持ちがより多くのものに対して持てるようになりますよ」
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by ototogengo | 2012-09-07 12:03 | はなし | Comments(0)