中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『石のように、樹のように』

 地面が固い赤土で覆われた荒野地帯。ごつごつした岩山がそこいらに切り立ち、枝や幹をうねらせる樹、細長かったり丸っこかったりするサボテン、背の低い花のような、赤や緑や茶色をした様々なかたちの多肉植物がまばらに生えている。近くに海も河も湖もなく、先に挙げたものの他には草花もろくに生えない、そんな地方にある孤立した小さな村落に旅人が訪れた。
 照りつける強い日差しが肌を焼き、風が吹くたびに土埃の流れがもうもうと広がっては視界を遮り、息を苦しくする。それらを少しでも軽減するために、村人はみな体にも頭にも布を巻きつけている。日光を浴びて、それらのはっきりとした畝(うね)を引く襞は美しい陰影を帯びる。
 外部の者の珍しい訪問を受けた村人たちは旅人を歓待した。石のように物静かで、表情も体もあまり動かさない者が多いが、本当のところはとても気がいいのだ。彼らは夜な夜な大きな火を囲んだ慎ましやかな宴を開いては、ご馳走である爬虫類や獣の肉、それから主食である芋を干したり火に通したりしたものを振るまい、わずかではあるがその芋から作った蒸留酒を旅人の杯に注ぐのだった。その初めての一夜に旅人をぎょっとさせたのは、それまで衣服で隠されているか近くで見ることのなかった彼らの手が樹のように節くれだっており、その指から枯れた小さな葉のようなものが数枚生えている様子が間近で確認できたときだったが、何度も見るうちに慣れてしまった。これもそのときに取り分け印象に残ったことだが、村人たちの足の指や帽子を脱いだ髪の毛にも同じように葉状のものが生えているのだった。
 宴においては独特な音楽の演奏があった。ごくゆったりとしたリズムの、あるいはリズムといえるリズムすらない空隙(くうげき)の多い調べが主を成していたのである。速くてはっきりしたリズムを刻むには体力を要するし、それは奏者、聴者双方の気持ちを高揚させて体の動きを活発にする。となると、この村において大変貴重な水分を浪費することになる…先述したような演奏がなされるようになった理由はそんなところだろう。事実、彼らの演奏には鎮静作用があった。具体的には、太さの異なる5本の糸を張った木製の弦楽器を一人か二人でポロ、、ポロン、チャッ、ジャン、、ピィーンという具合に弾くのだったが、それらは晴れた日のそよ風のように、あるいは森の葉のざわめきのように深く心身に沁みわたり、安らぎをもたらすのだった。それに合わせて抑制のきいた声で合唱することもあったが、つぶやきに似た短い音と祈りに似た長い音を組み合わせて空気を震わせ、揺らし、神聖な感慨を呼び起こすのだった。
 すぐにそこを発つつもりだった旅人は、村での生活にすっかり居心地が良くなって、つい滞在を長引かせた。そんな穏やかで愉しい夜を幾つも過ごし、朝や昼には子供たちの独楽(こま)遊びや綾取りの仲間に入れてもらい、彼らと一緒にうたをうたい、村の女たちと村の中心部にある井戸へ行っては水汲みや洗濯を手伝うのだった。
 一方で、そんな短い滞在のうちにも村の抱える問題は容易に知れた。実際に旅人がその現場に遭遇したわけではないが、村人たちは若い者も老いた者もみな、流産の率が極めて高いことや幼い子供が熱病にかかって亡くなりやすいことを口にしていた。そして、それには水不足が大いに関係しているのだった。
「よそ者のわたしが言うのもなんですが、井戸をもっと増やせばいいんじゃないですか?」
 旅人は村の男に進言したが、
「井戸をこれ以上増やすと地盤沈下が起こり、村全体の存続すらも危ぶまれるんだ。現状でさえその危険性 を鑑みて、汲み上げる水の量をぎりぎりまで抑えているんだよ」
という答えが返ってくるのだった。
「では、遠方の河や湖から水路を引いて来れないんですか?」
 旅人はさらに問うたが、
「いや、それをするためには労力が圧倒的に足りない。成功の見込みの少ないものに、みんなの生活を放り出してまで賭けることなんてできないだろう?」
 と、返答されるのだった。

 旅人は自分の滞在が村人たちに多少の助けやたのしみをもたらしていることを自覚してはいたが、一方で彼らの負担にもなっていることも痛感していた。数日にわたって彼は考え、自身が漂泊の生活に戻った方が彼らのために良いという結論に至った。そこで、旅人は村の長に打ち明けた。
「実は、明日の朝にここを発つつもりでいます」
「随分と突然だね。どうかしたのか?」
「わたしはこれ以上、大好きなあなた方に迷惑をかけたくないんです」
 彼が言うと、
「迷惑なんてとんでもない。わしらもお前が好きだからこうしているだけなんだ。そうしたいなら、いつまでもここにくれたっていいんだよ。お前は女たちをよく手伝ってくれるし、始めたばかりの小屋を建てる仕事にしても狩りにしてもとても筋がいい」
 という応えが返ってくるのだった。
「どうもありがとうございます。でも、それを聞いてわたしが流れ者であることを改めて思い知りました。わたしはまだ他のところへ行って多くを見たいし、そうせずにはいられないんです」
 旅人は言った。
「そんな眼をして言われると、わしもこれ以上引き止めることはできん。だが、お前がもしも旅に疲れたら、いつでも戻っておいで。ここでの暮らしは決して楽ではないが、とても穏やかではあるし自然のありがたみを深く実感できるからね。わしはここで生きる厳しさを知っているが、それ以上にここで生きることをすばらしいと知り、愛しているんだ」
 村の長はそう言いながら、やさしい光を湛えた眼で旅人を見つめるのだった。
「ええ、ここのすばらしさはわたしもよく知っています。この村のことも、みなさんのことも愛しています。みなさんがとても良くして下さったので、わたしにとってもここは特別な場所になりました。重ね重ねどうもありがとうございます。きっといつかまたここを訪れます」
「ああ、みんなでそのときが来るのをたのしみにしているよ」
 その夜、旅人が発つ前の最後の宴が開かれた。涙を流す者も多くあったが、村人たちはみな、彼が旅に戻ることを快く受け入れてくれた。宴は概して朗らかな様子で進み、旅人はそのたのしみをわだかまりなく、それでいてしみじみと噛み締めることができた。夕刻から吹き始めた強い風に煽られ、いつもよりもずっと大きくて明るい炎が談笑や音楽演奏をする彼らの様子を照らし出していた。
 旅人はこれまでにも多くの出会いと別れを経験してきたので滅多に泣くことはなかったが、ある唄を合唱するときに涙を流した。それは詞も旋律もすっかり覚えていた、その村に伝わる彼の最も好きな唄だった。

 鳥は鳥であることをする
 それが最も良いと分かっているから
 風は風であることをする
 それが最も正しいと分かっているから
 うたおう

 太陽は太陽であることをするし、
 月は月であることをする
 わたしはわたしであることを、
 あなたはあなたであることをしよう
 それが最も幸せだと分かっているから
 うたおう

 旅人の目から溢れて頬を伝う涙は炎に照らされて輝いていた。時に声を詰まらせながら、それでも彼は唄いきった。村人の多くも同じで、涙を流しながらも祈るような合唱を続け、寄せては返す温かな音の波が辺りを包み込むのだった。そして、唄の後半の「わたしは」から「うたおう」までの部分が誰の合図もなく三度繰り返された。その合唱は空気のなかと彼らの心のなかに、いつまでもいつまでも尾を引いた。
 旅人は酒に強かった。村人たちにとって酒は貴重なので必要以上に呑むことはなかったし、はめを外すことの稀有な彼らは過度に酔っ払うこともまた少なかった。しかし、その夜ばかりは旅人も村人たちも遅くまでしゃべり、呑み、握手をし、肩を組み、大いに笑って大いに泣いた。そのうちに、彼らは座ることもままならなくなり、地面に寝転がった。そのまま眠ってしまうものもいたが、旅人と村人の数人は仰向けになって夜空を眺めた。満天を密に、または疎に埋め尽くす星ぼしは、酩酊によってより鮮やかな光と彩りとを伴って彼らを魅了し、その心を震わせた。それらはぐるぐると回っては静止し、上下左右や奥に手前に揺らめき、輝きを増しては減じ、生命をもった有機体であるかのように思われた。彼らは口々にその美しさを称え、感動を共有するのだった。そのうちに、吹いていた風がますます強くなり、それが流れの速い雲を引き連れて来て夜空を隠したので、彼らは団欒に戻った。しかし、刻一刻と激しさを増し続ける風が話を遮り、今にも炎を掻き消さんばかりにまでなったので、間もなくして彼らはお開きにすることを決めたのだった。
 長い宴が終わり、彼らの多くは覚束ない足取りで宴の行われていた広場から各々の家へと帰った。人の手や肩を借りなければ歩けない者もいたし、どうやっても深い眠りから覚めないために数名で運ばねばならない者もいた。暴風が吹き荒れる音のごうごうぼうぼうと響くなか、自宅に戻った旅人と村人たちは真っ暗な眠りへ一瞬にして落ちていくのだった。
………………
………………
…歓声が上がった。それがあまりにも大きな音だったので、旅人は目を覚ました。多数の老若男女によるものと思われるその声の続くなか、天井や地面を夥しい何かが打つ音も絶えず響いている。窓に掛かった厚手の布を上げて外を見やると、大粒の雨の降る様子が見えた。のみならず風も強かったので、雫や白く煙る細かい飛沫(しぶき)が室内にまで入ってきて、壁や床や旅人の寝巻きを濡らした。また、それと一緒に入ってきた歓声がよりはっきりと響いていた。彼は布を再度下ろして窓を塞ぎながら、
(この声は村人たちのものなんだろうか?彼らがこんなにも大きい声を出すところは聴いたことがない)
 と、思った。大人も子供も、この村の住人たちは極めて物静かなのだ。旅人は傘を探して外へ出ようと思い立った。しかし、彼が下宿させてもらっているその住まいの家族はどこにも見当たらず、傘もまた見付からなかった。それもそのはず、この村には傘という道具が存在しなかったのである。なので、彼は行李に結わえてあった笠(かさ)を被ることにした。昨夜にお別れも済ませたことだし、あまり遅い時間まで留まっていては機会を逸するだろうと思い、旅人はそのまま村を離れることを決意した。餞別にもらった干し肉や干し芋を布で包(くる)み、雨に濡れることのないよう行李の奥深くに入れ、それを背負う。彼は雨の匂いの混ざる、すっかり慣れ親しんだ家の香りを存分に吸い込んで、ついに家を出た。
 笠をばつばつぼつぼつと打つ雨の音と感触が心地良かった。村を出るため、まずは昨夜に宴を行った広場へ向かう。そのときには鳴りやんでいた例の歓声が発されていた方向もそちらだった。広場の入口が近づき、視界を白く霞ませる飛沫の向こうに村人たちの影が幽かに見えてきた。旅人が想像した、歓喜によって踊りまわる彼らの姿はそこにはなかった。老人も中年も青年も子供も丸裸で立ち尽くしており、一様に微動だにしない。村人たちは旅人が近付いて来ても全く動じなかった。彼らは全員、真っ直ぐに天を見上げていた。出来る限り大きく口を開け、雨を飲んでいるのだった。
 旅人がその様子を見ているうちに、風が少し弱まった。視界が明瞭になり、彼はその状況を了解した。村人たちは地面に根を張り、足の裏からも水分を吸収していたのである。痩せて乾ききっていた肌は張りを取り戻し、手足の指や髪の毛に生えた葉は目に見えて瑞々しさを得て、生き生きとしていた。何という生命の執念だろう!彼らの体は何世代も何十世代もこの乾燥地帯で暮らすうちに、過酷な環境に適応するよう進化を遂げたのである。
(彼らのこの姿の美しさはどうだ。見違えるほどに艶々として丸みを帯びた女たちはもちろん魅力的だし、健やかな樹を思わせる男たちの力が漲(みなぎ)る様子もすばらしい。子供たちもふっくらとして、いつもよりもさらに可愛いな。今、彼らはどんな心境なんだろう?植物が雨に恵まれたときの悦びと同じようなんだろうか。もしも植物が声を出すことができたら、さっきまでの彼らと同じようにありったけの歓声を上げるのかも知れない)
 旅人はそんなことを考えるのだった。とは言え、それを尋ねるために、年に数度しか降らない雨を堪能することを邪魔立てするには及ばなかった。雨脚はますます弱まっていたし、この分では雨が止むまで一時間もかかるまいと思われた。
(それまで待って、別れを告げるついでに訊いてみよう。やっぱり世界には想像もつかないことがまだまだたくさんある。その一つ一つを直に知り、体験することのできる旅が、おれは好きなんだ)
 雨音の小さくなった周囲には、村人たちが足の裏から水を吸い上げるどくどく、ごくごくという音がほんのかすかに、しかし力強く響いているのだった。
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by ototogengo | 2012-10-08 21:48 | はなし | Comments(0)