中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『魔王と呼ばれた者の手記』

私は人間から「魔王」などと呼ばれている。魔物と呼ばれる怪物たちを率いて、人間を大量に殺したからだという。しかし、人間の方だって、たくさんの生き物を殺しているではないか。食うために、着るために、暮らすために。それどころか、戯れのために殺すことだってあるし、文化や文明というものために、半ば無意識に無数の生き物を殺し続けているではないか。それどころか、金や土地や宗教のために戦争をし、人間同士で殺し合うことさえ日常茶飯事だ。私の仲間のほとんどは、確かに野蛮だ。礼儀作法など心得ず、服を着ずに丸裸でおり、家を持たずに野宿している。読み書きをできないどころか、ろくに話せない者も多い。しかし、我々はただ命を繋ぐために殺し、食べる。共食いすることもあるが、それもまた命を繋ぐため。だから、贔屓(ひいき)目など全くなしに、質においても量においても、人間の方がずっとむごい殺しをしている、と言えるだろう。もしも、動植物が言葉を話せたら、「人間こそが魔物だ」と言うのではないだろうか。
確かに、人間の見かけは美しい。個人差こそあるが、子供や若者の肌はなめらかだし、角や牙や棘のような鋭い部分が表面にないので、顔も体も優しげに見える。私は、特に人間の眼を美しいと思う。静かな水面のように周りの様子を映し出す半透明の瞳は黒、茶、青、緑、灰と、人によって様々な色を含み、その色合いはニュアンスに富んだ美しい鉱石のようだ。死体からくり抜いた冷たい目玉を、指の間で弄(もてあそ)びながら眺めていると、一向に飽きない。その後で食べるのが躊躇(ためら)われるほどだ。一方で、我々の外見は、人間からすれば醜いと言えるかも知れない。しかし、例えば、ぬめぬめした鱗(うろこ)にびっしりと覆われた私の仲間の体をよく見て欲しい。光の当たる角度によって、油分を含んだその皮膚は淡い虹色を帯びて煌(きら)めく。枝分れした棘のような硬い毛が頭や背中や腕や脚に生えた、他の仲間はどうか。注意すると、その毛の一本一本は、ある種の繊細な珊瑚(さんご)を連想させるだろう。他の仲間に、鰐(わに)に似た巨大な顎(あご)が腹の真ん中から突き出た者もいる。その恐ろしげな口からは酷い悪臭がするが、切れ味のいい刃物のような牙や、その奥にある消化器官の優れた機能性は感嘆するべきものだ。このように、私の仲間の多くは、全身を見れば、不格好だと言えなくもない。しかし、よく観察すれば、よく考えれば、何かしらの美点を見出せるに違いない。
 先ほどは、我々に対する不当な扱いを訴えるために人間のことを批判したが、彼らにも倣(なら)うべきところがあり、優れた者が多くいることも私は認めている。繰り返すようだが、我々は、何も憎いから彼らを食べるわけではない。ただ食べたくなるから食べるだけだ。人間が牛や豚や鳥や羊を食べるように。実を言うと、私は人間と心ゆくまで話をしたいとさえ思っている。ここ十数年、彼らの記した本を何千冊か読み、なみなみならぬ感銘と影響を受けてきたからだ。古代から現代まで、注目に値する思想を育(はぐく)み、敬うべき態度をもって生きた人間は少なくないらしい。これまでの読書経験から察するに、国や人種や職業を問わず、そうなのだ。それに、彼らが言い伝えたり書き残したりした物語にも、興味深いものが多々ある。しかし、どうすれば様々な人間と対話したいという願いを叶えられるだろう?彼らは私の前に立つと震えあがるか、敵意を抱くかする。お互いに欲望や感情を抑え、冷静に話し合う…それだけでいいのに。英知の前では、誰もが平等なはずではないか?敵か味方かはもちろん、どんな生物の部類に属しているかさえも関係がないはずではないか?
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by ototogengo | 2015-02-03 03:47 | はなし