中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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Brigitte Fontaine et Areski 「Le bonheur」和訳

※以下、小池はるひさんの対訳によるもの。原文か訳のために意味の取りにくいところがありますが、75年作のアルバム『Le bonheur』の日本盤に付けられた和訳を忠実に転載しました(適宜、改行だけは加えています)。


ブリジット・フォンテーヌとアレスキ「幸福」

森の中や、海の上にある炎の赤い町の中に、
そして香りのいい丘の上に、熱く、鹿毛色の美しい獣が住んでいた
ひとは皆、その獣を幸福と呼んだ
獣はどこででも、飛び跳ねて、一晩中笑い、火と踊り、狼と歌った
この物語が起こったのは、どの時代でもない、なぜなら時間なんて、
おわかりでしょう、とても神秘的なものだから

この獣はひとがくれるものを何でも食べ、乳をしぼらせ、
彼らが望めば、金の枝で彼らの中に忍び込み、そして血管と髪の毛で音楽をかなでた
ところが人々の中には、獣を嫌う人もいた それは支配の邪魔になるから
それに獣は自由で無報酬なので、市場を目茶苦茶にしたからだ
そこである日、人々は武器を持ってやってきて、獣を捕らえ檻に入れ遠くに連れていった
この物語が起こったのはどの国でもない、なぜなら国なんて、
おわかりでしょう、とても神秘的なものだから

人々が抵抗しないように、獣のコピーをたくさん作った
うんざりするぐらい、もう何だか分からなくなって、忘れ去ってしまうように
すごく悪い獣を作った にせものの獣はくうくう鳴いて、ブリッジで遊び、
夜には街角で、悲しい色気を売って、悲しいオペレットを歌い、
小さい女の子が本当の自分でなくなるようにつけられているのと同じ、ピンクのリボンをつけていた

人々は意地悪く、寂しくなり、冷たい笑いをして、お菓子を詰め込み、
怒りに満ちた素振りで人を殴り、幸福という名のプードルを、インコを軽蔑した
そしてかれらは企み通り、幸福という名の獣のことを忘れ、忘れられない人たちは、病院に入れられてしまった
ところが生まれてくるすべての赤ん坊の目の中に、あの恐ろしい獣の面影が見え、
真実の彼があまりにも熱いので、兵士が遠くに置いてきた檻の格子が溶け出しているかのようだった

私の出会ったおばあさんは、こう言った もう生きた姿を見たくないけど
“でも、獣は生きているのよ、結局はそれが、一番大事なこと”
そのおばあさんはもう死にかけている人だったから、嘘ではないと思う
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# by ototogengo | 2014-02-22 23:18 | 本や音楽などの紹介

『幽霊と地球外生命体と』

「一説によると、幽霊や妖怪と呼ばれるようなものの正体は地球外生命体であるかも知れない、とのことです」

「詳しく説明すると、こうです。目に見えない一つの、あるいは複数の天体が、一部分か大部分において地球と接する軌道を描いて公転している。我々地球人からすると、その天体と地球とが接触しているそのときに、その星に住む生命体が地球上に現れたと感じられるのです」

「そのように星と星とが接しても、ご心配されるような大災害は起こりません。その星にも、そこに住む生命体にも、我々のような実体はないので、我々と接触しても地球上の物質同士がぶつかるような反応は起こりえないからです。それらは、物理学や化学などに代表される我々の活動を決定づける自然法則とは異なる理(ことわり)に基づいて活動しています。その説においては、だからこそ幽霊や妖怪と呼ばれるようなものが、我々には信じ難い行動や変身をできると主張されています。例えば、空中浮揚をしたり、瞬間移動をしたり、背や首を異様に長く伸ばしたり、触れもせずに人や物を動かしたり、不可解な方法で火を吹いたり発光したり未来を予知したり…といった具合にですね」

「しかし、彼らからすれば、我々こそが信じ難い行動をしているのかも知れない。あちらにとって当たり前のことがこちらにとっては謎、あるいは驚異であり、逆もまた然り、という可能性は十二分にあります。人間同士でさえ、ある人と他のある人の間にはその類の相違が多分に存在するのですから、当然の帰結であると言えましょう」
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# by ototogengo | 2014-01-21 18:56 | はなし

『花期の長い火花』

今日の昼間、中庭にある炉で鉄を熱しては、台に乗せて金槌で叩いた。赤白くなり、半ば透きとおるまで熱くなった鉄の塊を次から次へと替え、合計で何百回も何千回も叩いた。わたしはそうしているといつも、叩く度に想定不可能な動きを見せて飛び散る火花の美しさに惹き込まれて無我夢中になり、時間を忘れる。
ところで、空気の乾燥と無風のためか、今日の火花は異常に花期が長く、無数の点や線となって飛び散ったそのままの姿で空中や地面にとどまった。それらが燃え移るのを危ぶんだわたしは、人の通りそうなところや草の生えているところなどに水をかけて消火した。しかし、危険にならないであろう火花はなるべく多く残すようにした。夜になってもそれらが消えなければ、大した見ものになるだろうと考えたからだ。昼日のなかでは幾分見えにくい火花が、夜闇のなかで鮮明に見える様子をわたしは想像したのである。
やがて、夜がきた。その時までに、見落として消し切れなかった火花が上着に二、三の小さな焼け焦げを作っていたが、それだけの甲斐はあった。残された火花は、ほとんど衰えることなく熱と光とを保っていたのである。様々な明度と白~黄~橙の濃淡をもった輝く点や線が中庭の一角に密集し、闇のなかからくっきりと浮かび上がっていた。それこそ花が咲くような、あるいは小さな飛沫が散るような、またあるいは風にそよぐ稲穂のような様子をして。わたしは注意を払いながら、地表近くの火花だけに水をかけて消火した。そのあとで、ビニールシートを地面に敷いて仰向けに寝転がったのである。
そこから見える光景は想像を軽々と超えるものだった。ところによって密度の異なる火花の点や線の広がりは、流星や彗星が数多く降る最中で静止した星空を想わせた。そして、その向こうには本当の星空があったのである!澄みわたった冬の夜空には星ぼしが火花と同じくらい多く瞬き、火花よりも色は淡いが、ずっと玄妙な色みと光り方をしていっぱいに広がっていた。さらに、時期が良かったのか、流れ星の静かにすべっていく様子が頻繁に見られた。こちらで星が流れはじめた一瞬後にあちらでも流れはじめる、もしくは一斉に幾つかの星が流れるときも何度となくあったほどである。視える宇宙と視えない宇宙とが二重写しになっている…夜空の星ぼしと火花の群れを遠近(おちこち)に見ながら、わたしはふと、そんなふうに考えた。宇宙というものは人が目にする夜空よりも、途方もなく広い。そのような宇宙にある、普段は視えぬ数え切れない星ぼしのほんの一部がこれらの火花の群れとなって顕れている…。わたしは人智の及ばない宇宙の広さ、そしてその密度を想うと気が遠くなった。恍惚と形容してもいい、快さに満たされた眩暈(めまい)を覚えたのである。
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# by ototogengo | 2013-12-19 20:47 | はなし

「本当は」 作詞・作曲/中島弘貴(作詞協力/星山可織)

言葉ではない波紋が伝わって
動物や植物と意思を通わせる

本当はあるんだ 顕れより密に
知っていることは世界のほんの一部

宇宙は宇宙を数知れず孕んで
一つ一つの活動にたゆたう

布団のなかで体温が後をひく
瞼の裏で星たちが瞬く
暗黒がふくむ何千の色を視る
現実の奥に隠れたものを読む

うたわれないうたがあちこちで響いている
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# by ototogengo | 2013-12-17 21:35 | 歌詞

日影丈吉『暗黒回帰』序文

幼い頃、枕に小さな頭をのせて眠りに入る前に、色とりどりのビーズ玉を撒きちらした夜空が、きまって見えた。私はまだ眠っていないはずだった。が、完全に目がさめていたか確信はない。瞼の裏が無限大の闇をうけ容れ、そこに広がる粟粒大の光は、万華鏡式に収縮拡散する光の残像ではなくて、無数の天体のように固定していた。その発光ビーズ玉は銀河ほど遠くにあるらしい。それを見るのが楽しく、しばらく見ているうち眠ってしまう。そのうち、その賑やかな色の点点の集団のむこうに、まだ底知れぬ遠くまで続いているらしい闇が、すこしこわくなり、いつも変わらぬビーズ玉宇宙まで、光度の落ちた古電球のように、すこし淋しく、同時に退屈に思えて来た。それまでに何ヵ月が何年が経過したか記憶にない。あるいはもっと短い期間だったかも知れない。だが、そこに退屈を感じだすと、それは二度と見られなくなった。
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# by ototogengo | 2013-12-15 00:54 | 本や音楽などの紹介

『彼の草の毛』

髪の毛、髭、眉毛、その他もろもろ…彼の体に生えるありとあらゆる毛は、注意を払わなければ、他の人のものと大して変わらないように見える。しかし、それらの実体は細長く尖った単子葉類の草なのだ。例えば、身だしなみのために髭や眉毛を引っこ抜くと、根っこがするすると出てくる。あるいは、途中でぷつんと切れる。 彼はそのように抜いた毛や自ずと抜け落ちた毛を親指と人差し指の間に挟みながら転がし、もてあそぶのが好きだと言う。
陽の明るい日、彼はよくご機嫌になる。張りのある毛が光を受けて美しく輝くし、柔らかな影を落とすから。風の吹く日、彼はよくご機嫌になる。髪の毛が揺れてこすれ合い、草原のようにさやさや、しゃらしゃらと鳴るから。その音といい、繊細かつ力強い形といい、瑞々しい緑色といい、彼は自分の毛を自慢に思っている。
ただし、おいしい葉に誘われて、鼻のなかや耳のなか、わきの下などに小さな虫が度々入って来ることには困惑している。いつまでもそのくすぐったさに慣れないし、何とか取り出そうとしてその虫を殺してしまうこともあるから。また、初夏から秋にかけて、彼が自然の多いところにいると、虫たちは草の毛を目指し、大群隊を成してやって来る。それは深刻な悩みの種だった。虫たちは彼の毛をむしゃむしゃ、しゃくしゃくとむさぼり食い、取り分け毛の密集する髪や眉を不格好にしてしまう。だから、そんなとき、彼は帽子を深くかぶって予防せねばならない。冬になれば帽子なしで済むかと言えば、そんなことはない。むしろ、自宅以外のどこにいても帽子をかぶらねばならなくなるのだ。なぜなら、その季節、彼の毛は茶色く枯れ、縮れたり折れたりした後で抜け落ちてしまうから。

彼は「自分の毛のすばらしさを多くの人に見てもらいたいのに、それを示す機会が少なすぎる」とよく嘆く。そんなとき、「どの季節の、どんな状態のあなたの毛にもそれぞれの良さがある」と言って慰めるのだが、決して納得しない。あげくの果てに、「君はぼくとは違うから、君には絶対に分からないよ」と彼は吐き捨てるように言う。草の毛を持つ当人にしか計りがたいことがあるのは確かだろうが、草の毛を持たない人の意見に少しは耳を傾けてもいいのではないか、と思う。「そうじゃないと、立場の違う人同士は永久に分かり合えないよ。それほどさみしく、つまらないことはないじゃない」…つい最近、同じ話題が出たとき、力を込め、声を震わせて私がそのように説くと、彼は神妙な面持ちで聴いていた。こうまで人と人とは分かり合えないのか、どうしてこんなことでいがみ合わねばならないのか、とやり切れなくなり、私は泣きそうになったが、何とかこらえた。すると、「うん、すごくさみしいね。そうだよ、いつまでもこんなことじゃだめだ」と彼は応え、その眼から大きな涙が一粒、二粒とこぼれ落ちた。そのとき、彼の緑色の上睫毛にくっついた小さな真ん丸い涙の雫が震えていて、それが妙に美しかった。
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# by ototogengo | 2013-09-22 22:50 | はなし

フランツ・カフカ『城』

フランツ・カフカによる未完の長篇小説『城』を再読。

城にもその下にある村にも属せないどころか、当地に家庭もなく本来の仕事もさせてもらえない異邦人である主人公K。彼は城へ近づこう、あるいは自己以外の所属を得ようとして、村の様々な場所で奮闘を重ねる。しかし、それは決して叶わない。
登場人物のほとんどが城や村、加えてそれぞれに属する人々に対して自らの見解と主張を持つが、それらが一致することはほとんどない。元々、城の規律はそれを半ば強制的に一致させようとしたものでもあると考えられるのに、皮肉にもその不一致をより大きな、より入り組んだものにしている。
Kが多くの人と一対一で交わす長過ぎる会話が執拗に繰り返され、不透明でこんがらがった城の規律と役割、それに準じざるを得ない人々の姿が浮き彫りにされる。決して読みやすくはないが、現代社会とも通じるその迷宮のような実態をまざまざと突きつけられる、一読の価値のある作品。

それにしても、真実を突きつめよう、登場人物たちの主張を詳細に書き切ろうとする姿勢が強く伝わってくる文章だ。その主張が的を射ているかどうかはともかく、ここまで合理的に考えようとする人々が多くいる世界は実在しないので、作者自身の投影か幻想が現れているとするべきだろう。そして、そんな驚くべき書き方の生真面目さは、カフカの生き方にも共通していたのではないかと思われる。彼のそのようなところを尊敬している。
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# by ototogengo | 2013-05-28 19:26 | 本や音楽などの紹介

『影の食事』

「人の影は、食べ物の影を食べて生きています」

「人は基本的に、明るいところで食事をします。あまりにも暗いところにいると食べ辛いし、美味しさも損なわれるように感じられますからね。だから、基本的には人が食べ物を口にすると同時に、人の影が食べ物を口にしている様子も見える。それこそが、影が食事をとる姿だというわけです」

「しかし、暗闇のなかで長くいると、人の影というやつは盗み食いをすることがあります。この林檎は、本体は手付かずなのに影の上部が欠けています。ほら、こうやって光を当てると、歯形のついている様子までもがはっきりと分かるでしょう?」

「これは、私の影が齧った跡なんです。私の影は盗み食いをするのが癖になっていましてね…。私が暗い場所にいるときや寝ている間はもちろん、明るい場所にいるときでも、どうにかして食べようとしやがるんです。この間も本を読んでいたら、私の影が篭(かご)に入った苺の影に手を伸ばしているところを見つけたので、その手をひねりあげてやりました。ははは、まったく…油断も隙もない、食い意地の張ったやつだと思いませんか」
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# by ototogengo | 2013-04-15 17:47 | はなし

『缶詰』

ずっと昔から仕事場の倉庫の隅に放置している、保存食の入った箱のことをふと思い出した。それはあの大震災の直後、有事の際の備えとして用意したものだった。

次に仕事場へ出向いたとき、わたしは倉庫に入った。埃の積もった箱を取り出してそれを払い、意を決して20年以上ぶりに開ける。すると、中から微かな水音がちゃぷちゃぷと聞こえてくるではないか。音の源は、とうに賞味期限の切れた鰯の缶詰だった。恐る恐る缶を開けると、生き返った二匹の鰯が窮屈そうに入っており、油で濁った液体の中で体をひらひらさせて泳ぎたがっている。
続いて、他の缶も開けてみる。乾パンは意外にも異状がなかったが、桃の缶詰は外観からして変わっていた。内部から缶を突き破ってか弱い枝が伸びており、半ば萎れた葉がついていたのである。太陽光の決して届かない箱のなかにずっと置かれていたので、元気がないのは当然だ。
それから、わたしは枝と密接した缶を苦心の末に切り外し、根っこにへばりついていた、乾いてしわくちゃになった果肉を丁寧に取り除いた。ちなみに、その弱弱しい桃の樹は果肉の水分とそれを浸していたシロップを養分にして育ったらしく、缶の中に水分はほとんど残っていなかった。

わたしはその小さな樹を自宅へ持ち帰り、庭の一角にある、日当たりのいい場所に植え直した。一週間、二週間と経つうちに桃の樹は元気になり、枝も葉もすくすくと伸び始めた。どのくらい先になるかは分からないが、花や実をつけるのがたのしみである。
ところで、その桃の樹のすぐそばに小さな池がある。実は、そこにあの生き返った二匹の鰯を住まわせていたのだ。缶のなかで暮らすうちに環境への高い適応力を身に付けた彼らは、その淡水のなかでも難なく暮らしていた。しかし、いつの間にかそのうちの一匹の姿が見えなくなった。大方、池の周囲に時々やって来る白鷺(しらさぎ)にでも食べられてしまったのだろう。もう一匹は仲間がいなくなって寂しがる様子もなく、これまで通りに泳ぎ回っている。
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# by ototogengo | 2013-04-06 21:37 | はなし