中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『受粉者の独白』

花粉を浴び過ぎたせいか、五日ほど前から皮膚の一部が粟立ち始めた。何てことはないだろうと放置していると、その小さな一粒一粒が徐々に膨らんで果実になった。観察すると、主におでこの髪がかからない部分、頬と顎、首の周囲、手の甲のあたりに結実している。要するに、外出時に肌が露出していたところに集中して実っているらしい。受粉したということだろうか。

おかげで、私はさまざまな場面で随分と苦労している。職場では、長らく関係を結んできた得意先と交渉する任を解かれ、ひたすら事務に当たらされている。家庭では、感染を恐れる妻と子供から隔離されて過ごしているから、食事の時も就寝時も孤独だ。風呂場では湯船に浸かることが許されずにいるし、洗濯物は他の家族のものと決して一緒にしてはならず、自分で洗って干さねばならないという始末。街中に出ると、好奇や嫌悪の眼差しでじろじろと見られるし、人混みにおいても電車内においても私の周りには誰一人として近寄らない。
自分自身としても気味が悪いので、何度も果実を引っ張って取ろうとしたが、予想以上にしっかりとくっ付いている。さらに力を入れると強烈な痛みが走るので、無理をして引きちぎるなんてとてもできない。 どうやら、皮膚と一体になっているらしい。

仕方がないので、熟してからもいでみようと思う。流石に、その頃になれば簡単に取れるだろう。いや、取れて欲しい。
…それにしても、そうして収穫した実は果たして美味しいんだろうか。仮に美味しかったとしても、自分の体から成った実を食べると考えれば、複雑な心境にならざるを得ない。それは1クッションを置いた、ゆるやかなカニバリズムということになるんじゃないか。その果汁は血のように紅いか、膿のような白か黄色をしている…そんな想像をすると、ますます気持ちが悪くなった。
もしかすると、私が収穫する前に鳥たちがついばみにやって来るかもしれないし、虫たちが群がるかも知れない。そのときは、どのように対処すればいいんだろう。彼らの食事の邪魔はしたくないが、あまりにも痛かったりくすぐったかったりすると大変だ。可愛い小鳥や穏やかな蝶や甲虫ばかりではなく、凶暴なやつや生理的に受けつけないやつも来るだろうし。

ちなみに、私は重度の花粉症である。目の痒みや鼻詰まり、くしゃみといった基本的な症状はもちろん、体のだるさや発熱にも毎年悩まされている。その上、こんな面倒な事態になるなんて、花粉とはとことん相性が悪いらしい。しかし、不満を言っても仕様がない。だって、花粉の散布は植物の営みの大切な一環に違いないんだから。要するに、どうにか折り合いをつけてやっていくしかないんだろう。

…いや、待てよ。その実がどんなものになるかはともかくとしても、その種がどのように育つのかが気になる。草になるんだろうか、それとも樹になるんだろうか。どんな葉っぱや花を付けて、どのくらいの大きさまで育つんだろう。せっかくだから、愛らしい草か立派な樹にでも育って欲しいものだ。
そうやって考えるうちに、それが植物と私との合いの子に当たるのではないかという推測に辿り着く。うーん、ますます複雑な心境になってきた。とすれば、やがて生まれるのは植物と人間の合わさった生命体になる可能性が高いと考えられる。果たして、それはどんな(以下、略)
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# by ototogengo | 2013-03-30 21:42 | はなし

「海の上の森」

空が晴れ、海が凪いでいるときにだけ出現する森がある。それが現れるのは、見わたす限りの一帯に陸地がなく、水深が200m以上ある海の上に限られている。加えて、これは容易に首肯されるだろうが、その場所の海水が清らかである必要もある。

風がおさまってからしばらくすると、微かな揺らぎしかない静かな海面に、たくさんの小さな芽が生える。淡い青や緑を帯びた、透きとおった水でできた芽だ。それらが開くと、幹が伸びて枝葉が広がり、みるみると太く大きな樹に育っていく。
半時間ほど経って樹高が5mを超える頃から、同様の水の体を持つ森の住民たちが姿を現す。例えば、獣や鳥や虫といった動物たちがいる。彼らはせせらぐような、あるいは滴って弾けるような澄んだ音を立てながら駆け、跳ね、飛び、歌う。さらに例えを挙げると、苔や羊歯(しだ)や草花やきのこといった植物や菌類たちもいる。それらの放つ花粉や胞子は霧となって森全体を間欠的に覆い尽くし、海の上の森の神秘性を高める。そのような住民たちが、海の上の森の豊かな生態系をつくりあげるのだ。
加えて、そこにおいては光の変化が実にすばらしい。最高で50m近くにも達する、透明な樹々を通過して差し込む陽光は、光の網や縞、光の夥しい泡や幾層にもなったヴェールなどが精妙に組み合わさった模様を生み出す。そのようなやさしい光で満ち満ちた空間のなかにいると、やがて抗うことの敵わぬ眠気に襲われる。そうして、安らかで甘やかな眠りを経て夕刻に目を覚ますと、光の色と模様が移ろっていく様子がまざまざと感じられ、暫し呆然となる。夕焼けの鮮やかな日などは、あまりの美しさに涙が零れるほどだ。
しかし、そんな海の上の森で命を落とす者、行方知れずになる者は多い。この森は往々にして短命で、とても脆い。一度(ひとたび)強い風が吹けば、樹々は急激に崩れ落ち、辺りのものに降りかかるどころか、強大な波を引き起こして広大な一帯を呑み込む。そのような最中(さなか)にいれば、命はまず助からない。また、すぐに風が吹かなくとも、森の奥に迷い込んだら最期、やがて来る森の崩壊とともに訪れる自身の死は避けられない。そんな危険があるにもかかわらず、海の上の森は古来、探検家や海洋学者たちを引きつけてやまない。現代においても、その犠牲になる死者と行方不明者は年間1500名を下回ることがない。

海の上の森の発生条件は初めに記したとおりだが、飽くまでもそれらは目安に過ぎない。条件が揃っても出現しないことは度々だし、森の現れる海域もまちまちである。恐らく、他にも多数の条件を満たす必要があるのだろう。それらの全てが詳(つまび)らかになっていない現在、海の上の森と遭遇できる確率は少ない。発見できたところで、そこへ行き着くまでに消滅してしまうことも多く、森のなかで幸せな体験を得られるのは奇跡だと言っても過言ではない。私は、そのような機会に恵まれたとしても、森のなかへ入るべきだとは思わない。一方で、それを避けるべきだとも思わない。海の上の森のなかでは人生が変わる体験を必ず得られるということ、そして、そこを目指すならば人生をふいにする覚悟を持たねばならないこと、私にはその二点が言えるのみである。
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# by ototogengo | 2013-03-21 19:38 | 空島出版

『不思議な羊、不思議な「メ゛エ」』

一匹の羊のぼわぼわと、くるくるとなった毛玉の一つ一つは小さな羊の全身で出来ており、その小さな一匹の羊のぼわぼわと、くるくるとなった毛玉の一つ一つはもっと小さな羊の全身で出来ている。そのもっと小さな羊のぼわぼわと、くるくるとなった毛玉の一つ一つはもっともっと小さな羊の全身で出来ており…以上が限りなく続いていく。
だから、一匹の羊が「メ゛エ」と鳴くとき、大小様々な無数の羊が同時に「メ゛エ」と鳴いているのである。なんと不思議な羊、なんと不思議な「メ゛エ」だろう。しかも、そんなたくさんの羊たちは一匹として同じではない。彼らは時に動きまわり、時に草を食み、時に眠っては、羊毛のようなぼわぼわと、ふわふわとした夢を見る。そうやって、それぞれが別々の行動をとりながらも、一体となって暮らしているのだ。
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# by ototogengo | 2013-03-16 02:57 | はなし

『人の脱け殻』

理科の授業中、先生がクラスの全員に訊いたところ、家に脱け殻を残している生徒はたった一人だということが分かった。その生徒はゆうきという名前だった。彼の家庭は裕福で、これまでに残された脱け殻の全てを保管できる十分な空間がその立派な屋敷にあったのだ。二十数年前、彼の祖父は都会で一財産も二財産も築いた後、長閑(のどか)なこの地に居を移した。なので、この先で触れることになる、脱け殻をめぐる伝承にも囚われずに済んだのだ。

次の校外授業を利用して、先生と生徒たちはみんなでゆうきの家を訪れた。学習の大切な一環だと伝えて、先生が彼の母親から許可を得ていたのである。
手入れの行き届いた屋敷の一室に通されると、そこには木枠のついたガラスケースに一体ずつ入れられて、ゆうきの脱け殻が保管されていた。赤ん坊の頃のものから最近のものまでが、時系列順にずらりと横たえられている。たった一つの脱け殻以外は、全てが薄茶色をして硬くなっていた。その例外とは、今日の未明に脱ぎすてられたばかりのものだった。手足を伸ばして仰向けになったその脱け殻は、透明である点を除き、ゆうき自身と寸分も違わない姿に見えた。光沢を帯びていてまだ柔らかみを残したそれは美しかったが、同時に極めて生々しかった。脱け殻の表情は目を閉じて半ば微笑んでおり、それが穏やかに眠っていることを示していた。その全身は見れば見るほどに精巧で、髪の毛や睫毛、手の平の皺の一本一本までもがつぶさに確認できた。接近すれば微かな息づかいが聞こえてくるのではないか、密着すれば温かみが感じられ、鼓動が伝わってくるのではないかと思われるほどだった。
「きゃあ」「こわあい」などと黄色い声をあげ、女子たちは脱け殻に決して近寄らなかった。「うわあ」「きもちわりい」などと言いながら、一部の男子は恐る恐る、しかし半ばうれしそうにそれをつついた。そして、その脱け殻の本体であるゆうきは、部屋の隅の方で恥ずかしそうにうつむいていた。
「みんなは自分の脱け殻を近くで見たことがないの?」
と、先生が訊いた。生徒たちは口々に、
「ないです。わたしの家では、お母さんがすぐに捨てるみたいです。脱皮した後、わたしが目を覚ます前に」
「ぼくも。うちではおばあちゃんが捨てています」
「おれんちはお父さんが捨ててます。でも、その時にちらっと見たことはあります」
と、答えた。それを受け、
「そうなのね。じゃあ、しっかりと見たことがある人は手を挙げてくれる?」
と、先生が提案したところ、総勢24名のなかで挙手したのは、ゆうきを含めた3人だけだった。
「みんな、脱け殻は恐いものでも気持ち悪いものでもないのよ」
と、先生はまず全員を、次に顔を上げたゆうきを力づけるように見て切り出した。
「脱け殻は私たちの一部だったものです。そして、私たちの成長を精確なかたちで留めるものです。だから、脱け殻を観察すると本当にいろいろなことが分かるのよ。それに、私は人の脱け殻がとても美しいと思うわ」
「でも、脱け殻を家に置いていると良くないことが起こるって、お母さんが言っていました」
と、副委員長を務めている、黒くて真っ直ぐな長髪と大きな眼をした女子が言うと、多くの生徒がそれに合わせてうなずいた。そして、「うちも」「やっぱりそうだよね」「呪われるって聞いたよ」「えっ、ほんとに?」「夜中に動き出した脱け殻がわたしを殺しちゃうの。それから、わたしの代わりになって生きるんだって」などと言うざわめきが起こった。
「確かに、人の脱け殻はこの地方では良くないものと言われているわ。だけど、脱け殻が幸運を呼ぶとされている地方や国も、実はたくさんあるの」
先生は再び話し始めた。そして、
「言い伝えや常識が正しいこともきっとあるわ。だけど、本当かどうか分からないのにそれを信じるのはおかしいと思うの。脱け殻に限らず何だってそうで、私はみんなに、簡単に決めつけをしない人になって欲しいの。誤解したままで間違いを重ねる人になって欲しくないし、物事のそのままをしっかりと見つめて考え、そして行動できる人になって欲しいから。私もできるだけそうしているし、そうしていくわ」
と、一人一人の眼を見ながら言った。
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# by ototogengo | 2013-03-11 17:04 | はなし

『星雲を放す』

部屋の中で星雲を育てていた。緑や蒼や紅や紫に移ろう全貌が息づきながら収縮し、靄のごとく霞んだり、血のごとく濃密になったりする。時にオーロラを思わせる渦を巻いては流れて光り、時に大爆発を起こしては眩い輝きをしばらく保つ。不規則な電飾のように星の球がちかちか、ぺかぺかと点滅することもしばしばだった。
ある夜、繁殖して数と大きさを増した星雲が眠りを余りにも酷く妨げるので、堪らず窓を開け放った。吹き込む風に、カーテンが大きくゆれた。
部屋にはたった二つの子供星雲だけが残り、他は全て泳ぎながら外の夜闇へと四散した。彼らが曲がり角や藪の中や空の向こうに消えるまで見守り、心の内で「さようなら、元気でね」を言ってから窓を閉めた。
犬や烏に食べられたり、猫や人の子に弄ばれたり、強風にさらわれたりして、生き残れるのはほんの一部であるに違いない。しかし、あのまま部屋の中に居続けたら全滅の恐れもあった。 そうとは分かっていても、わたしは半ば自棄になって彼らを逃がしたために、自責の念に苛まれた。それから、「これで良かったんだ」「いずれこうするしかなかったんだ」と胸中で繰り返しながら、寝苦しい夜を過ごした。再び横になったわたしの頭上では、二つの子供星雲がまるで何事もなかったかのように、光りながら無邪気に遊んでいた。
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# by ototogengo | 2013-02-24 23:34 | はなし

『影の授業』

ぼけっとした長身の男が教室に入ってきた。歳の頃は三十というところだろうか。髪に寝癖がついているし、皺の寄ったシャツがズボンからはみ出している。先生から紹介を受けたあとで挨拶をしたが、「はじめまして」の言い方も気が抜けていて頼りない。
授業が始まると、なんと彼の影が講習を始めた。実体の男の方はと言えば、資料のページをめくったり、黒板にチョークで代筆をしたりと、影の助手を務めている。
それにしても、大した影だ。博覧強記、かつ観察力も分析力も確実で、話の組み立ては巧妙、その声には自信に裏付けされた威厳がこもっている。そのうえ、人格者ときている。優等生への対応と劣等生への対応に全く差を付けないし、助手である彼の本体へも、事あるごとに謝意を表明している。もちろん、髪にも服装にも乱れはない。

その日、家へ帰って自室に戻ってからも、わたしの影とわたしとは、彼の影の話で持ちきりだった。
「それにしても、本当にすてきな影だったね」
と、改めてわたしが言うと、
「うん、同感。同族からすると、ちょっと憧れちゃうなあ。だけど、そのうちにあなたも、彼みたいに影から使われるようになるかも知れないよ。現に、前の試験の成績は私の方が良かったからね」
と、茶目っ気たっぷりに影が返す。
「そうだね。だけど、僅差だったよ。その前はわたしの方が良かったし」
と、わたしも茶目っ気を込めて。
「まあね。それにしても、昔に生まれて来なくて良かったよ。今が三十年前だったら、あなたと私が同等だなんて有り得なかったからね」
影はしみじみと言い、
「今だって差別が完全に消えたとは言えないけど、まあ、遥かにましにはなってるもんね」
と、付け足すのだった。
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# by ototogengo | 2013-02-15 19:47 | はなし

『風邪をひく』

2月12日

晴れたので、掛け布団を干して家を出た。夜に帰宅して、すぐに室内へ入れた。
その布団を掛けていざ眠ろうとすると、どうも様子がおかしい。太陽のいい香りがするのは当然だが、じんわりと微熱を持っている。それだけならむしろ安眠を誘うのだが、のべつ幕なしに震えてもいる。今日は冷たい風が強く吹いていたので、布団が風邪をひいたのかも知れない。そういえば、夕方からの冷え込みも随分と厳しかった。
今のところ、布団の症状はさほど重くない。明日になったら回復しているといいが、悪化して咳やくしゃみまでするようになったら大変だ。念のため、暖房を点けたままで眠りにつく。

2月13日

暖房の甲斐あってか、掛け布団はすっかり良くなった。
安心して読書をしていると、折り癖が付いているように、特定のページが事あるごとに開く。と思えば、活字が動悸をうって膨張と縮小とを繰り返し、時どき挿絵が突発的に巨大化しては元に戻る。どうやら、掛け布団の風邪が本にうつったらしい。
放っておくと、本棚の蔵書に次から次へと伝染するだろう。処方を考えたが、タオルで包めばそれに風邪がうつりかねないし、温水につければ本が駄目になる。そこで、「風邪薬」という文字を栞(しおり)に記し、真ん中あたりに挟んで丸一日寝かせることにした。恐らく、これで大丈夫だろう。今日のところは安静にさせて、他の本を読むことにする。
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# by ototogengo | 2013-02-13 21:59 | はなし

『光の結晶』

ここに引っ越して来たばかりの頃の、よく晴れた日の夕方の出来事。
小さな半透明の光の結晶を頭や服の上にびっしりとつけ、息子が帰って来た。それらはさまざまな金や銀や銅色を基調としており、見る角度によって七色に照り映えるのだった。太陽の光を浴びながら長く遊んでいたせいだろう。雪の結晶は六角形を基本に成長するが、光の結晶は木や珊瑚の枝に似た形が放射状をなして全体が円や楕円に近くなる。
妻が「この辺りではこんなことがあるのね。こんなにもいっぱいつけて。早く拭かないと、床や家具が濡れちゃうわ」と言い、息子は「えー、もったいないよ。不思議できれいなのに」と言う。そこで、私は二人に「拭く必要はないんだよ。光の結晶は液体を経ることなく固体から気体になるものなんだ。ドライアイスと同じだよ」と言った。
さて、それから光の結晶はおとなしい炎のようにちらちら、ぼおぼおと輝きあがって空中の四方八方へ真っ直ぐに放たれながら消えていった。それが全てなくなると、部屋のなかは少し明るくなった。それにしても、あの経緯を眺めながら夕食をとるのは、なかなか乙なものだったな。
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# by ototogengo | 2013-01-26 16:59 | はなし

『岩のなかの透明な樹』

「象の体ほどもある巨大な岩が、この海岸には多くあります。複雑にひび割れていたり、穴の空いていたりしているものがほとんどです」

「岩を割ると、そのひび割れや穴が全体として樹形を成していることが判明しました。それには葉や花や実や芽などの異なる形が季節に応じて見られるので、岩のなかで透明な樹が生長していると推測できるのです。ちなみに、これは同じ岩の断面を一カ月ごとに写したものです。この部分が葉、この部分が花、この部分が実ですね。12月には葉が落ち、小さな丸い実がわずかに残ります。さらに一ヶ月後には冬芽がぽつぽつと現れ始めますが、これらは春になると開く葉の赤ちゃんです。実に可愛らしいですね」

「そして、これらの樹は形態の特徴によって幾つかの種類に分けられます。例えば、この岩のひび割れとこの岩のひび割れとでは、幹や枝の形が随分と違うでしょう?そのねじれ方や分かれ方をじっくりと観察すれば、よりはっきりと各種の違いを知ることができます」

「また、この辺りに落ちているさほど大きくない石を割ると、その中の空洞やひび割れが種や双葉を成していることがよくあります。つまり、それらがやがて樹に生長するんですね。一つの石や岩ごとに一本の樹の育つ場合が多いですが、幾つかの個体が共生している岩もあります。これまでに発見されたなかで、その数の最も多かったのがこちらです。幹や枝や葉などが複雑に交差して絡み合い、密集しています。調査の結果、九本の樹がこの岩のなかに生えていることが分かりました。一本一本を見分けることすら困難ですが、実に美しい模様になっているとは思いませんか」

「これらの透明な樹が、それぞれ隔たったところにある石や岩になぜ分布しているのか。その真相は明らかになっていません。風を媒介にして見えない種が元の岩から別の岩の中へ運ばれるだとか、見えない果実を食べる見えない虫や鳥に種を運んでもらっているだとか、元々途轍もなく大きな一枚岩だったものの中に種が散らばっていたが、その岩が割れてばらばらになったときに種も一緒に分かれた、などの諸説がありますが、どれも常識からすると信じ難いですね。特に、先に言った二つの説が事実だとすれば、実や種や虫や鳥が岩をすり抜けられねばならないという理屈になりますから」
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# by ototogengo | 2013-01-24 13:08 | はなし