中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、音楽、絵、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。空島出版主宰。


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『わたしの家族』

大きなシャボン玉のなかをのぞきこむと、小さなわたしがいた。その小さなわたしは、わたしと似ているけれど少し違う。その小さなわたしもシャボン玉をのぞきこみ、さらに小さな私を見つめていた。そのさらに小さな私は、小さなわたしと似ているけれど少し違う。そして、わたしとはもう少し違う。そんな風に、わたしは小さくなるにつれて少しずつ違っていく。
すると、シャボン玉が割れた。ロシアのマトリョーシカという人形みたいに、わたしとシャボン玉から出てきた小さなわたしたちは大きい順に並んでいた。8人目まではなんとか見えたけれど、その先は小さすぎて見えない。
すると、小さなわたしたちはむくむくと大きくなって、みんなわたしと同じくらいになった。 たぶん全員で何万人もいたけれど、9人目から先はどうしてもわたしと似ていなかった。100人をすぎたあたりからは、どうしても人とは思えなかった。1000をすぎたあたりからは、どうしてもこの星の生きものには見えなかった。5000をすぎたあたりからは、生きものであるかどうかさえも分からなかった。
それでもわたしは、みんながみんなわたしの家族だと思っているので、何とか仲良くしていきたいと思う。
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# by ototogengo | 2013-01-20 18:33 | はなし | Comments(0)

『しっぽ』

何週間も続けて座り仕事をしていると、尾骨が痛み始めた。このままだと、近いうちにしっぽが再び生えてくるだろう。職業病というやつだ。
日本猿のように毛深くて短いもの、蛇のように鱗のある長いもの、西洋の古い絵にある竜のように螺旋を描くもの…これまでに様々なしっぽを持ってきたが、生活の上での不便こそ多けれ、便利なことは殆どなかった。何かと物に引っかかる、座ったり寝たりするときの邪魔になる、服に押し込むのが大変である、人から奇異の眼で見られる、などなど。そのうえ、それを取り除く作業は厄介極まりないのだ。医者にかからねばならないし、薬も飲まなければならない、さらには食事療法を一月以上せねばならない。考えるだけで気が滅入ってくる。まあ、どんなしっぽが次に生えるのかには興味があるし、それをさすったり掴んだり、その不思議な動きを眼で追ったりすることがそれなりに愉しくはあるが。
だから、私はこれから数日を外で、あまり腰を掛けないようにして過ごすつもりだ。経験上、そうすればしっぽの生える危険は遠ざかるから。
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# by ototogengo | 2013-01-12 12:56 | はなし | Comments(0)

『束の間の共生』

今朝も車内はぎゅうぎゅうに混み合い、そこにいると常に人の体や衣服、鞄などの触感が全身に感じられて居心地が良いとは言えなかった。だが、そんな状況に慣れ親しんだ彼にとってはさほどでもない。彼はその通勤電車のなかで吊革に掴まっていたが、連日の勤務によって溜まった疲れがたたり、立ったままでうとうとし始めた。満員の車両においては周りの人に多少体重がかかっても咎められる気づかいはない。それはその朝の彼にとって幸いなことだった。時に人と緩慢にぶつかりながら揺られるなかでの眠りは快適ですらあった。目覚めと眠りとの狭間でたくさんの光と影、がたんごとんいう走行音や扉の開閉音、アナウンスの声や乗客の話し声などが通り過ぎていく。

彼が鮮明な意識を回復して目を覚ますと、職場の最寄り駅に到着したところだった。謝罪の声をかけながら、押し合いへし合いしつつ慌てて降りる。寝惚けが抜けきらないままで歩いていると、吊革にずっと掴まっていた右腕に違和感を覚えた。眼をやると、肩から下腕の中ほどにかけて蔓(つる)が絡み、葉が茂っていた。ところどころに、くるくると螺旋や弧を描く巻きひげも伸びている。その奇妙な現象を確認すると、彼はすっかり目が覚めた。

普段通りに雑踏する忙しなげな街のなかで、彼は微笑みながらその植物を眺め、いつもの道を行く。時々、人の踵を踏んだり、その行く道を遮ったりして怪訝な、あるいは苛立たしい顔をされながら。
植物を観察していると、驚きとよろこびとが彼を満たした。時間の経過に従って可愛らしい、目立たない白く小さな五弁花たちが開いては散る。葉が美しく色づいて黄と赤が緑に混じりはじめ、次に緑とその二色の占める割合が逆転する。さらに赤みが増し、続いて茶が加わり、緑は縁を主としたわずかな部分にしか見られなくなる。そうして、葉が一枚、また一枚と落ち始めたころに彼は職場の玄関前に到着した。ちょうど、黄みを帯びた白色をした半透明の小さく丸い実が膨らみ、熟したと思われるときだった。
彼は少しためらった後、その蔓をちぎれないよう丁寧に上着から引き剥がした。そして、職場のある高層ビルに面した通りに植えられた樹の根元、そこの土の上にそっと置いた。果実を鳥や虫が食べるか、あるいはそれがそのまま地面に落ちるか…いずれにせよ植物が命を繋ぐことができるよう願って。
(これから出勤するときは、毎回様子を見てみよう)
彼はそう思いながら、建物のなかへ入っていった。無表情な人々でいっぱいになったエレベーターに乗って二十六階へ上る。明る過ぎるほどの蛍光灯に照らされた殺風景な廊下を通ってドアを開け、いつものデスクへ向かう。上着を脱ぐと、あの植物の茎に沿った根の跡が繊維に食い込んでぽつぽつと残っていることに気が付いた。入念に払うと、ほとんど目立たない程度になったが、どうしても取れないところもいくつかあった。
(大丈夫、そんなに頑固そうでもないから、洗濯すればきれいになるだろう)
仕事にかかると、彼は電車のなかで感じられた疲れが和らいでいることを実感した。
(あの植物と過ごした短い時間が気休めになったのかな。たのしくて幸せだったもんな)
そうして、彼はあの束の間の共生に感謝し、仕事に打ち込み始めるのだった。
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# by ototogengo | 2012-12-08 12:12 | はなし | Comments(0)

11/9(金)下北沢ネバーネバーランドでのライブ音源

‎11/9(金)に下北沢ネバーネバーランドで行ったクラシックギター弾き語りのライブ音源をsoundcloudに公開しました。「きのこ」、「息が白い」、「旅」の三曲。「きのこ」の曲が終わったあと、会場で温かい笑いが起こったのが、とてもうれしい瞬間でした。

会場は老舗の沖縄居酒屋。店員さんたちは色んな音楽に理解があったし、人柄も腕も超一流のPAさんもいて、とてもすてきなお店でした。

http://soundcloud.com/rittainakashima/121109-live-2



『きのこ』

一夜にして育つきのこよ
ある朝突然、姿を現す

一夜にして輪になるきのこよ
大樹の周りにぐるりと生えそろう

菌糸を行きわたらせ、傘を広げる
胞子を撒き散らし、腐って溶ける

毒きのこ、光るきのこよ
かたちや色もまたこんなにもさまざま

死体やくそを食べ、みんなに食べられる
なんて愛らしい かびの仲間


『息が白い』

指のかじかむ夜に手足を動かしてずっとずっといく

しんと静まった夜に手足を動かしてずっとずっといく

息が白い


『旅』

一粒の雫が集まり、一群れの飛沫が生まれる
一群れの飛沫が集まり、一本の流れが生まれる

海へ寄せては返す
空へ昇っては降りそそぐ
巡る 巡る 旅をする
飛びはね、うねり、凍り、のまれる

巡る 巡る 旅をする
旅を続ける
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# by ototogengo | 2012-11-13 21:27 | | Comments(0)

『石のように、樹のように』

 地面が固い赤土で覆われた荒野地帯。ごつごつした岩山がそこいらに切り立ち、枝や幹をうねらせる樹、細長かったり丸っこかったりするサボテン、背の低い花のような、赤や緑や茶色をした様々なかたちの多肉植物がまばらに生えている。近くに海も河も湖もなく、先に挙げたものの他には草花もろくに生えない、そんな地方にある孤立した小さな村落に旅人が訪れた。
 照りつける強い日差しが肌を焼き、風が吹くたびに土埃の流れがもうもうと広がっては視界を遮り、息を苦しくする。それらを少しでも軽減するために、村人はみな体にも頭にも布を巻きつけている。日光を浴びて、それらのはっきりとした畝(うね)を引く襞は美しい陰影を帯びる。
 外部の者の珍しい訪問を受けた村人たちは旅人を歓待した。石のように物静かで、表情も体もあまり動かさない者が多いが、本当のところはとても気がいいのだ。彼らは夜な夜な大きな火を囲んだ慎ましやかな宴を開いては、ご馳走である爬虫類や獣の肉、それから主食である芋を干したり火に通したりしたものを振るまい、わずかではあるがその芋から作った蒸留酒を旅人の杯に注ぐのだった。その初めての一夜に旅人をぎょっとさせたのは、それまで衣服で隠されているか近くで見ることのなかった彼らの手が樹のように節くれだっており、その指から枯れた小さな葉のようなものが数枚生えている様子が間近で確認できたときだったが、何度も見るうちに慣れてしまった。これもそのときに取り分け印象に残ったことだが、村人たちの足の指や帽子を脱いだ髪の毛にも同じように葉状のものが生えているのだった。
 宴においては独特な音楽の演奏があった。ごくゆったりとしたリズムの、あるいはリズムといえるリズムすらない空隙(くうげき)の多い調べが主を成していたのである。速くてはっきりしたリズムを刻むには体力を要するし、それは奏者、聴者双方の気持ちを高揚させて体の動きを活発にする。となると、この村において大変貴重な水分を浪費することになる…先述したような演奏がなされるようになった理由はそんなところだろう。事実、彼らの演奏には鎮静作用があった。具体的には、太さの異なる5本の糸を張った木製の弦楽器を一人か二人でポロ、、ポロン、チャッ、ジャン、、ピィーンという具合に弾くのだったが、それらは晴れた日のそよ風のように、あるいは森の葉のざわめきのように深く心身に沁みわたり、安らぎをもたらすのだった。それに合わせて抑制のきいた声で合唱することもあったが、つぶやきに似た短い音と祈りに似た長い音を組み合わせて空気を震わせ、揺らし、神聖な感慨を呼び起こすのだった。
 すぐにそこを発つつもりだった旅人は、村での生活にすっかり居心地が良くなって、つい滞在を長引かせた。そんな穏やかで愉しい夜を幾つも過ごし、朝や昼には子供たちの独楽(こま)遊びや綾取りの仲間に入れてもらい、彼らと一緒にうたをうたい、村の女たちと村の中心部にある井戸へ行っては水汲みや洗濯を手伝うのだった。
 一方で、そんな短い滞在のうちにも村の抱える問題は容易に知れた。実際に旅人がその現場に遭遇したわけではないが、村人たちは若い者も老いた者もみな、流産の率が極めて高いことや幼い子供が熱病にかかって亡くなりやすいことを口にしていた。そして、それには水不足が大いに関係しているのだった。
「よそ者のわたしが言うのもなんですが、井戸をもっと増やせばいいんじゃないですか?」
 旅人は村の男に進言したが、
「井戸をこれ以上増やすと地盤沈下が起こり、村全体の存続すらも危ぶまれるんだ。現状でさえその危険性 を鑑みて、汲み上げる水の量をぎりぎりまで抑えているんだよ」
という答えが返ってくるのだった。
「では、遠方の河や湖から水路を引いて来れないんですか?」
 旅人はさらに問うたが、
「いや、それをするためには労力が圧倒的に足りない。成功の見込みの少ないものに、みんなの生活を放り出してまで賭けることなんてできないだろう?」
 と、返答されるのだった。

 旅人は自分の滞在が村人たちに多少の助けやたのしみをもたらしていることを自覚してはいたが、一方で彼らの負担にもなっていることも痛感していた。数日にわたって彼は考え、自身が漂泊の生活に戻った方が彼らのために良いという結論に至った。そこで、旅人は村の長に打ち明けた。
「実は、明日の朝にここを発つつもりでいます」
「随分と突然だね。どうかしたのか?」
「わたしはこれ以上、大好きなあなた方に迷惑をかけたくないんです」
 彼が言うと、
「迷惑なんてとんでもない。わしらもお前が好きだからこうしているだけなんだ。そうしたいなら、いつまでもここにくれたっていいんだよ。お前は女たちをよく手伝ってくれるし、始めたばかりの小屋を建てる仕事にしても狩りにしてもとても筋がいい」
 という応えが返ってくるのだった。
「どうもありがとうございます。でも、それを聞いてわたしが流れ者であることを改めて思い知りました。わたしはまだ他のところへ行って多くを見たいし、そうせずにはいられないんです」
 旅人は言った。
「そんな眼をして言われると、わしもこれ以上引き止めることはできん。だが、お前がもしも旅に疲れたら、いつでも戻っておいで。ここでの暮らしは決して楽ではないが、とても穏やかではあるし自然のありがたみを深く実感できるからね。わしはここで生きる厳しさを知っているが、それ以上にここで生きることをすばらしいと知り、愛しているんだ」
 村の長はそう言いながら、やさしい光を湛えた眼で旅人を見つめるのだった。
「ええ、ここのすばらしさはわたしもよく知っています。この村のことも、みなさんのことも愛しています。みなさんがとても良くして下さったので、わたしにとってもここは特別な場所になりました。重ね重ねどうもありがとうございます。きっといつかまたここを訪れます」
「ああ、みんなでそのときが来るのをたのしみにしているよ」
 その夜、旅人が発つ前の最後の宴が開かれた。涙を流す者も多くあったが、村人たちはみな、彼が旅に戻ることを快く受け入れてくれた。宴は概して朗らかな様子で進み、旅人はそのたのしみをわだかまりなく、それでいてしみじみと噛み締めることができた。夕刻から吹き始めた強い風に煽られ、いつもよりもずっと大きくて明るい炎が談笑や音楽演奏をする彼らの様子を照らし出していた。
 旅人はこれまでにも多くの出会いと別れを経験してきたので滅多に泣くことはなかったが、ある唄を合唱するときに涙を流した。それは詞も旋律もすっかり覚えていた、その村に伝わる彼の最も好きな唄だった。

 鳥は鳥であることをする
 それが最も良いと分かっているから
 風は風であることをする
 それが最も正しいと分かっているから
 うたおう

 太陽は太陽であることをするし、
 月は月であることをする
 わたしはわたしであることを、
 あなたはあなたであることをしよう
 それが最も幸せだと分かっているから
 うたおう

 旅人の目から溢れて頬を伝う涙は炎に照らされて輝いていた。時に声を詰まらせながら、それでも彼は唄いきった。村人の多くも同じで、涙を流しながらも祈るような合唱を続け、寄せては返す温かな音の波が辺りを包み込むのだった。そして、唄の後半の「わたしは」から「うたおう」までの部分が誰の合図もなく三度繰り返された。その合唱は空気のなかと彼らの心のなかに、いつまでもいつまでも尾を引いた。
 旅人は酒に強かった。村人たちにとって酒は貴重なので必要以上に呑むことはなかったし、はめを外すことの稀有な彼らは過度に酔っ払うこともまた少なかった。しかし、その夜ばかりは旅人も村人たちも遅くまでしゃべり、呑み、握手をし、肩を組み、大いに笑って大いに泣いた。そのうちに、彼らは座ることもままならなくなり、地面に寝転がった。そのまま眠ってしまうものもいたが、旅人と村人の数人は仰向けになって夜空を眺めた。満天を密に、または疎に埋め尽くす星ぼしは、酩酊によってより鮮やかな光と彩りとを伴って彼らを魅了し、その心を震わせた。それらはぐるぐると回っては静止し、上下左右や奥に手前に揺らめき、輝きを増しては減じ、生命をもった有機体であるかのように思われた。彼らは口々にその美しさを称え、感動を共有するのだった。そのうちに、吹いていた風がますます強くなり、それが流れの速い雲を引き連れて来て夜空を隠したので、彼らは団欒に戻った。しかし、刻一刻と激しさを増し続ける風が話を遮り、今にも炎を掻き消さんばかりにまでなったので、間もなくして彼らはお開きにすることを決めたのだった。
 長い宴が終わり、彼らの多くは覚束ない足取りで宴の行われていた広場から各々の家へと帰った。人の手や肩を借りなければ歩けない者もいたし、どうやっても深い眠りから覚めないために数名で運ばねばならない者もいた。暴風が吹き荒れる音のごうごうぼうぼうと響くなか、自宅に戻った旅人と村人たちは真っ暗な眠りへ一瞬にして落ちていくのだった。
………………
………………
…歓声が上がった。それがあまりにも大きな音だったので、旅人は目を覚ました。多数の老若男女によるものと思われるその声の続くなか、天井や地面を夥しい何かが打つ音も絶えず響いている。窓に掛かった厚手の布を上げて外を見やると、大粒の雨の降る様子が見えた。のみならず風も強かったので、雫や白く煙る細かい飛沫(しぶき)が室内にまで入ってきて、壁や床や旅人の寝巻きを濡らした。また、それと一緒に入ってきた歓声がよりはっきりと響いていた。彼は布を再度下ろして窓を塞ぎながら、
(この声は村人たちのものなんだろうか?彼らがこんなにも大きい声を出すところは聴いたことがない)
 と、思った。大人も子供も、この村の住人たちは極めて物静かなのだ。旅人は傘を探して外へ出ようと思い立った。しかし、彼が下宿させてもらっているその住まいの家族はどこにも見当たらず、傘もまた見付からなかった。それもそのはず、この村には傘という道具が存在しなかったのである。なので、彼は行李に結わえてあった笠(かさ)を被ることにした。昨夜にお別れも済ませたことだし、あまり遅い時間まで留まっていては機会を逸するだろうと思い、旅人はそのまま村を離れることを決意した。餞別にもらった干し肉や干し芋を布で包(くる)み、雨に濡れることのないよう行李の奥深くに入れ、それを背負う。彼は雨の匂いの混ざる、すっかり慣れ親しんだ家の香りを存分に吸い込んで、ついに家を出た。
 笠をばつばつぼつぼつと打つ雨の音と感触が心地良かった。村を出るため、まずは昨夜に宴を行った広場へ向かう。そのときには鳴りやんでいた例の歓声が発されていた方向もそちらだった。広場の入口が近づき、視界を白く霞ませる飛沫の向こうに村人たちの影が幽かに見えてきた。旅人が想像した、歓喜によって踊りまわる彼らの姿はそこにはなかった。老人も中年も青年も子供も丸裸で立ち尽くしており、一様に微動だにしない。村人たちは旅人が近付いて来ても全く動じなかった。彼らは全員、真っ直ぐに天を見上げていた。出来る限り大きく口を開け、雨を飲んでいるのだった。
 旅人がその様子を見ているうちに、風が少し弱まった。視界が明瞭になり、彼はその状況を了解した。村人たちは地面に根を張り、足の裏からも水分を吸収していたのである。痩せて乾ききっていた肌は張りを取り戻し、手足の指や髪の毛に生えた葉は目に見えて瑞々しさを得て、生き生きとしていた。何という生命の執念だろう!彼らの体は何世代も何十世代もこの乾燥地帯で暮らすうちに、過酷な環境に適応するよう進化を遂げたのである。
(彼らのこの姿の美しさはどうだ。見違えるほどに艶々として丸みを帯びた女たちはもちろん魅力的だし、健やかな樹を思わせる男たちの力が漲(みなぎ)る様子もすばらしい。子供たちもふっくらとして、いつもよりもさらに可愛いな。今、彼らはどんな心境なんだろう?植物が雨に恵まれたときの悦びと同じようなんだろうか。もしも植物が声を出すことができたら、さっきまでの彼らと同じようにありったけの歓声を上げるのかも知れない)
 旅人はそんなことを考えるのだった。とは言え、それを尋ねるために、年に数度しか降らない雨を堪能することを邪魔立てするには及ばなかった。雨脚はますます弱まっていたし、この分では雨が止むまで一時間もかかるまいと思われた。
(それまで待って、別れを告げるついでに訊いてみよう。やっぱり世界には想像もつかないことがまだまだたくさんある。その一つ一つを直に知り、体験することのできる旅が、おれは好きなんだ)
 雨音の小さくなった周囲には、村人たちが足の裏から水を吸い上げるどくどく、ごくごくという音がほんのかすかに、しかし力強く響いているのだった。
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# by ototogengo | 2012-10-08 21:48 | はなし | Comments(0)

『植物の蛹(さなぎ)』

Y「あれ、この雑草は一週間前に見たものとずいぶん様子が違います。先生、確かこの場所に生えていましたよね?」

先生「ええ、きみから預かっている観察ノートにもそう書いてありますよ。ほら」

Y「本当ですね。やっぱり色も形も全然違います。植え替えられた形跡はないし、生え変わったとしても成長が早すぎる」

先生「そう、そのどちらでもないでしょうね」

Y「先生はどうしてこうなったか知っていらっしゃるんですか?」

先生「ええ、分かりますよ。この草は一週間のうちに蛹になり、変態して脱皮をしたと考えられます」

Y「え、昆虫と同じようにですか?」

先生「その通りです。よく見ると、この葉は半透明だし、触ってみても…ほら、まだかなりやわらかい」

Y「あ、本当だ」

先生「この様子からすると、恐らく昨夜のうちに脱皮したんでしょう。では、Yくんは次に、この野原のなかで蛹になっている草を探して下さい」

Y「見つけたらどうすればいいですか?」

先生「私にすぐ教えて下さい。根っこごと掘り出して教室にある植木鉢に移し変え、それが脱皮する様子を観察することにしましょう」

Y「やった。それはとてもたのしみです」

先生「ええ、たのしいし実に美しいですよ。私はこれまでに百回以上その現場に立ち会いましたが、毎回初めて見たときと同じくらい感動するんです」

Y「えっ、そんなにですか?ますますわくわくしてきました」

先生「どれだけ期待をしても、きっと良い意味で裏切られますよ」

Y「ところで、蛹になった草はどんな様子をしているんですか?」

先生「大まかに分けると、葉や茎の形を残したまま乾いた皮に覆われるものと、たくさんの細い繊維で覆われた丸みを帯びて細長い繭になるものの二種類がありますね」

Y「探すのはどちらでもいいんですか?」

先生「ええ、どちらでも。Yくん、そろそろ行かないと課外活動の時間が終わってしまいますよ」

Y「はい。それではいってきます」

先生「いってらっしゃい」

S「先生」

先生「Sさん、どうしたんですか?」

S「植物の脱皮について、わたしももっと知りたいです。Yくんとの話が聴こえてきて、とても興味をひかれました」

先生「ええ、私に分かることなら何でも教えますよ。何か質問はありますか?」

S「はい。脱皮をする植物は多いんですか?」

先生「この国には五十種類ほどしか知られていません。意外に多く思われるかも知れませんが、全国には七千種類以上もの植物が確認されていますから、実のところは極めて少ないと言えるでしょうね。この野原に自生しているものとなると、せいぜい二~三種類でしょう」

S「そうなんですね。どうりでこれまで知らなかったわけです。ちなみに、彼らはどうやって蛹になるんですか?」

先生「気孔という、酸素や二酸化炭素、それに水蒸気を出し入れする小さな孔(あな)から蛹の殻をつくる液体や繭をつくる繊維を出すんです」

S「唇みたいなかたちをした、開いたり閉じたりするものですよね」

先生「ええ、そのとおりです」

S「気孔は葉にあるものだと習った覚えがあります。そうすると、蛹は葉の周りが厚く覆われているんですか?」

先生「いいえ。気孔は茎や花にもあり、果実にさえも存在するんですよ。だから、植物の蛹も昆虫のそれと同じように驚くほど均一につくられるんです」

S「へえ、命って本当に良くできているんですね」

先生「ええ、生きものが生きるための仕組みの精妙さは奇跡と呼ぶべきものでしょうね」

S「奇跡…。ところで、植物たちは脱皮の前後でどんな風に変わるんですか?」

先生「種類によっていろいろですね。赤っぽかった葉や茎の色が深緑に変わったり、鋭い刃(やいば)のようだった葉が広くて丸みのあるものに変わったり…、ああ、そういえばずっと変化に富んだものを一つ思い出しました。蛹になる前には葉がなくて一本の真っ直ぐな茎だけだった草が、それを破った後でやわらかい葉を放射状に数枚つけるんです。そして、全体が緑色をした大きな花のようになるんだから見事としか言いようがありません」

Y「先生、蛹を一つ見つけましたよ!あれ、Sさん。どうしたの?」

S「Yくんと先生の話を聞いていて興味を持ったから、詳しく教えてもらってたのよ」

先生「Yくん、こんなに短い間でよく見つけましたね。では、Sさんと私をその場所まで案内してもらえますか?」

Y「もちろんです。こっちですよ」

S「ねえ、どんなのだった?」

Y「ええと、突っ立った棍棒(こんぼう)みたいな、ふわふわした繭だったよ」

S「何それ、おもしろそうね。大きさはどのくらい?」

Y「意外に小さかったよ。高さは30cmくらいかなあ」

先生「蛹になるときはまだ子供ですからね、大抵は小さいんです。Yくんの話からすると、ハヒガンバナのようですね。ほら、Sさんにさっき話した葉が花のようになる種類ですよ」

S「彼岸花に似ているんですか?花とおっしゃるから桜か睡蓮みたいになるんじゃないかと想像していました。たった一本の茎があんなにも複雑な形をしたものになるなんてますます不思議です」

先生「精確に言うと、彼岸花はいくつかの花が集まってああいった形になるんですが、ハヒガンバナはその一つの花に似ているんですよ。もっと言うと、その一種である狐の剃刀(かみそり)という花にそっくりだと私は思っています」

Y「先生は何でも知っていらっしゃいますね!ぼくは植物が変態するなんてこれまで想像もしませんでした」

先生「いえいえ、私も未だに知らないことだらけです。この世界には同じように想像の及ばないことが、一生をかけてもとても知り尽くせないほどたくさんあるんですよ」

S「先生にそう言われると、すごく説得力があります。これからどんなものと出会えるのか、たのしみだな」

Y「Sさん、ぼくも本当にそう思うよ。先生、この世界は感動的なものですね」

先生「ええ、感動的で愛すべきものです。そして、この世界にある一つ一つの物事を丁寧に知ることはそれを愛することだと思います。そうやって愛していれば、知識は生き生きとしたものとなって私たちに根付くんです」

Y「ほら、先生、Sさん、ここですよ。ああ、何て可愛いんだろう」

S「わたしも、草がこんなにも愛おしく思えるのは今がはじめてかも知れません」

先生「可愛いですよね。その気持ちでこの繭をこれから観察していきましょう。そのうちに、そんなすばらしい気持ちがより多くのものに対して持てるようになりますよ」
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# by ototogengo | 2012-09-07 12:03 | はなし | Comments(0)

『心を割る』

「あなたの心を中心部で割り、その断面を観察してご覧なさい」

「樹のような、山脈のような、星空のような、街並みのような、靄のような、河や滝や海のような、細胞の群れのような、火や風のような模様が混在して変化していく様子が見られるはずです」

「それは感情や思考の状態、つまりあなたの心境をあらわしています。それらは渦を巻いているのか、まっすぐ流れているのか、飛沫(しぶき)が散っているのか、その動きは速いのか遅いのか。何よりもその様子が好ましいか厭(いと)わしいか、うつくしいか醜いかを、よおく観察して考え、判断することが肝要です」

「ああ、その点はどうぞご心配なく。心の眼と心の手を使ってやさしく慎重に割れば、傷が残ることは殆どありません。乱暴に割らざるをえないときもあるでしょうが、大怪我にはまずなりません。むしろ、割らないと致命的なときの方が遥かに多いんです。淀み、腐り、ごみ溜めになっていても本人が気付くことは難しいので、ずっとそのままにしておくと悪臭を放ったり、かちこちになったり、ぐずぐずに溶けたりして恐ろしい状態になります。それでも本人は当たり前のように生きていられますが、それでいて生きることがどうしようもなくつまらないんです。一方で、無理をして割ることによって多少の傷跡が残ったとしても、その後それをすばらしい心の一部として生かせるかどうかはあなた次第だと言えるでしょう」

「それでは、今ここで割ってご覧なさい。大丈夫、いつだって遅過ぎるということはないんですから」
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# by ototogengo | 2012-08-29 22:39 | はなし | Comments(0)

水のはて、陸の涯

ゆめであいましょう企画「水のはて、陸の涯」のライブ出演を終えました。

ゆめであいましょうこと宮嶋りゅうすけくん、自分、穂高亜希子さん。演者三人のうたの相違が思っていた以上にくっきりと分かり、それでいてそれに対する真摯な姿勢が共通していることを確信できました。宮嶋くんと穂高さんの演奏や、ライブ後のうたに関する談話を通じても学ぶところの多大な夜になりました。

お客さん・演者の両方に感じ、考えることを自然と促す、想像していたよりもさらにすばらしいイベントでした。そんな参加した一人一人にこれからも長く残る何かがあったように思える企画に参加できたことにただただ感謝です。

個に深く根ざしたものであると同時に個を超えたものでもある。そんなうたの可能性と力を実感しました。多くの実りとたのしさがあり、それゆえに良い疲れを感じた一夜でした。

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# by ototogengo | 2012-08-26 18:40 | 日記 | Comments(0)

8/25(土)江古田フライングティーポット『水のはて、陸の涯(かぎり)』

出演するのがとてもたのしみなイベントに参加します。うたとは何か、生きるうえでうたはどんなものになりうるのか、お客さん・演者ともにそんなうたを感じ、考え、体験する夜になりそうです。「ゆめであいましょう」こと宮嶋くんの、極端な弱さが反対に強さを証明するようなうた、穂高亜希子さんのこれ以上なく丁寧なうた、そこで自分もうたいます。三者三様のうたによるライブはもちろんのこと、その後にうたについての話をする機会も設けられているという徹頭徹尾ぶり。

またとない夜となるはずなので、是非一緒に過ごしましょう。


以下に、主催の「ゆめであいましょう」こと宮嶋くんの文章を紹介します。

8/25(土) 江古田フライング・ティーポット

「水のはて、陸の涯」 〔 mizu no hate oka no kagiri 〕

出演:穂高亜希子、中島弘貴、ゆめであいましょう

open:19:00 start:19:30  500円 + 飲み物代

プログラム:
①ゆめであいましょう
②中島弘貴
③穂高亜希子
④うたをめぐる鼎談(参加歓迎)

3.11以降の一年半で「うた」について、ずっと考えてきた。けれど知っていた。考えられないところ、むしろ思考とは対立するところに、うたのありかがある。だから言葉で話しても、うたに対して「呼びかける」ことしかできない。(そのことは、「うた」の固有の意味を示しているので、言葉では分からないとか、感覚が大事だとかいう話とは全く関係ない。実際、ウーという唸りごえと、ターという弾むような音、少なくともそのふたつの言葉がなければ「うた」は成り立たなかった。)

8月25日、中島さんと穂高さんをまねいて、歌ってもらう。しかも、そのあとで、来たひとを交えた〔うた鼎談〕をおこなう。どれだけ大胆で確信的なことがいえたと思っても、次第にうたの周りをすべってゆき、やがて沈黙や断絶がくるようにおもう。その沈黙をだまり、断絶を経験することを、ひとつのはじまりの場所にしてみたい。

みなさんぜひ来てください。
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# by ototogengo | 2012-08-16 22:33 | 出演、出展 | Comments(0)