「心臓の樹について」

高山イソギンチャク、翼の生えた脚の長いワニ、食べると練乳のように甘い白色の苔…奇妙な動物や植物を作品のなかで量産したデンマークの童話作家ビャーネ・ヤコブセンは、未完の作のなかに最高傑作ともいえる、とんでもない植物を登場させている。その作品は作家の死後、自宅で発見されたノートに冒頭の数行だけが記されていたものであるが、ページの欄外に丸で囲まれた走り書きの文字『BULLALANN-BULLALAN(バララン-バララン)』が記されていたため、それが題名であると考えられている。彼の他の作品の書かれたノートを調べると、やはり同様の方法で題名が記載されているのだ。その全文は以下のとおりである。

“黄緑色のとんがり帽子が似合う男の子、ベルベルくんは森のなかにいました。季節は夏の始まり。波のある海のように緑色をひろげる樹々が、透明な木の実をいっぱいにつけているのでした。心臓のかたちの、それらの小さい木の実は、どくん、どっくんと脈うっていました。そのなかには、サクランボのような長い柄が途中でちぎれて、地面に落ちているものもありましたが、それでもまだ、とっくん、とくんと動いているのです。森のなかはそれぞれの木の実が動く小さな音がたくさん集まって、その音でいっぱいになっていました。ベルベルくんはとてもそわそわするような、けれどもとてもほっとするような気持ちで歩いていました”

ところで、バララン-バラランとは一体何を示しているのだろうか。作者の十八番である創作擬音の一種か、ベルベルくんの歩いている森の名前か、これからのはなしに深く関わってくるはずであっただろう人物や存在の名前か。いや、やはり自分にはこの透明な木の実をつける樹がバララン-バラランであるという気がしてならない。この奇妙にもうつくしい植物に、余りにもぴったりな名前じゃないか。

そして、ベルベルくんのようにこの森に迷い込んだとしたら、誰もが彼と同じような気持ちになるに違いないと思うが、どうだろう。とてもそわそわするような、けれどもとてもほっとするような気持ちに。

(空島出版『植物のはなし』より抜粋)
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by ototogengo | 2009-08-18 10:56 | 空島出版 | Comments(0)
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