中島弘貴
by ototogengo


『布団のなかの繭』

「寒いからといって布団のなかであんまり長く縮こまっていると繭(まゆ)になりますよ」
母親が言ったので、そうしてぬくまっていた幼い娘はこわくなり、ようやく布団から抜けだした。朝のやさしい光がカーテンの間からさしこんでいて、少しまぶしかった。

さて、着がえを終えた彼女は食卓について朝食をとっていた。そこで彼女は
「おかあさん、さっきのおはなしほんとう?」
と、きいた。
「ええ、本当よ。布団のなかでじっとしているうちに体じゅうから細い細い糸がたくさんたくさん出るの。それがぐるぐるぐるぐる体をおおってね、最後には繭になって春がくるまでそこから出られなくなるみたいよ」
と、母親が答える。
なんでも、同じようにして起きるのをぐずっていた近所の男の子がそうして繭になってしまったのだという。春になってようやく繭の後ろがわが割れ、彼がそこから抜けだすと、その背なかにはふさふさとした毛でおおわれた翅(はね)が生えていたということだった。
「おかあさん、そのほかはまゆになるまえとおなじだったの?」
「ほとんど同じだったけど肌が少し青白くなっていてね、頭からはやわらかい角が二本生えていたみたいなの。櫛(くし)みたいにいくつにも分かれた、ほら、こんなふうな角だったみたいよ」
言いながら、母親は指で長い一本の曲線を空中にえがき、それに沿うようにして短い間ごとに伸びるたくさんの横線を付け足した。
「へえ、ちょっとすてきじゃない」
「いいえ、それがそうじゃないのよ。その子はもうそれまでのその子とはまるで変わっちゃったんですって」
「あれ、おかあさん。さっきはほとんどいっしょだったっていってたでしょ」
「うん、見ためはね。でも、心や行動が全部変わっちゃったんですって」
繭からすっかり抜けだしてしばらくすると、男の子のしおれていた翅はしっかりとのび、少しすきとおって青白かった顔にもほのかに赤みと黄みがさした。彼は何も言わず、ひらかれた大きな窓の前までまっすぐに歩いていった。そして、彼の母親と兄の必死の呼びかけもむなしく翅を広げてはばたき、金色や銅色の鱗粉(りんぷん)をふりまきながら飛びさってしまったのだという。男の子の心の最後のひらめきだろうか、彼は飛びたつときに二しずくの涙をこぼした。そして、それらはきらりと光りながら宙を落ちていったのだという。
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by ototogengo | 2012-01-18 00:07 | はなし | Comments(0)
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