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中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、絵、音楽、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。


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『胸のうちの結晶』

「あきらくん」
太陽の光の映える教室で先生はあきらに、春の空気のようにやわらかく語りかけた。
「はい、先生」
椅子に座り、鉛筆を持って教科書とノートを広げた机に一人きりで向かうあきらが顔を上げてはっきりと返事をした。
「どうして君はそんなに勉強ばかりしているの?」
「はい。ぼくはぼくの結晶を磨いて立派な人になりたいんです」
「勉強はたのしい?」
「いえ、あまり楽しくはないです。ただ、授業で正解をもらえたりテストで良い点数をとったりすると褒められるので、それをするのが正しいんじゃないかと思えるんです」
視線を落としてあきらが答えた。
「そうか…。それにしても、きみの結晶はきれいだね」
先生はあきらの胸のうちでてらみら光る、灰がかった煙水晶を見て言った。それは角ばった球形をして小さかった。
「ありがとうございます。自分では何も見えないんですが、そう言って頂けるとうれしいです」
「この学校のなかで誰よりもよく整ってるよ」
「そうでしょうか」
あきらは顔がほころぶのを隠しきれずに言った。その声も少し弾んだ。
「でもね、それは小さくまとまり過ぎているんじゃないかと思うんだ」
「どういうことでしょうか?」
あきらの顔にさっと陰が差した。そのとき、彼の煙水晶の輝きもまた鈍った。
「ぼくはあきらくんに、たのしくないことを一生懸命にするんじゃなくて、たのしいことを一生懸命にして欲しいと思うんだ。きみの結晶は磨き続けるあまりに成長が抑えつけられてるんじゃないかな。それに、外側は磨きあげられてぴかぴかしてるけど、内側からの輝きが少ないように見えるんだよ」
と言うと、先生の胸のうちにある透明で大きな、形の異なる氷山が上下にくっついたような深く青いサファイアの輝きがくもった。
「そうしたら、ぼくも先生のような結晶を育てることができるでしょうか?」
「ぼくの?どこがそんなに良いのか、自分ではよく分からないけどなあ」
「先生の結晶は今までに見た他の誰よりも美しいです。実は、ぼくが勉強ばかりするのは、そうすれば先生のようになれるんじゃないかと思ったからでもあるんです」
言いながらあきらの瞳はきらきらして、彼の結晶は色のない透明にさあっと変わり、輝きが強くなった。そして、四方八方から滴る六、七粒の光の雫がそれをうつのだった。
「そうかなあ。ぼくはそんなに大したもんじゃないよ」
「いいえ。今日だって先生はぼくの結晶をしっかりと見て下さいました。他の多くの大人たちは、結晶の表面がなめらかなことやきれいに磨かれていることだけを見て良しとします。そうやって褒められてうれしいこともあるけれど、寂しく思えることも時々あります」
「うん、確かにきみたち一人一人をよく見たいとは思ってるよ」
「はい、ぼくにはそんな先生が憧れなんです」
言いながら、あきらの結晶はさっきの雫を受けて少しだけ大きくなっているのだった。さらに、色とりどりの雫が結晶に滴り続けていた。
「あきらくん、どうもありがとう。先生も先生の結晶を大切にしていくから、きみも一緒にそうしていこうね」
「はい」
はっきりと返事をしながら、あきらはやわらかく笑うのだった。
「きみはすごいね。この短い時間のうちに、顔の表情も結晶もすごく良くなったよ」
「そうでしょうか。とてもうれしいです」
「うん。そのまま素直で居続けたならずっとずっと大きくなって、もっとうつくしく輝けるよ」
「はい。先生、ぼくはこれでいいんですね」
「うん、これからきみは両親や友達と同じように自分のことも大切にするといいよ」
「はい、そうします。先生、ぼくは自分で考えて自分で行動してもいいんですね」
「そうだよ。時に苦しく、難しいかも知れないけど、それはきっとすばらしいことなんだよ」
「はい。そうして自分の力で生きられたら、きっと晴れ晴れとした心でいられるだろうな。先生、人生は希望で満ち溢れていますね」
「うん、人生はすばらしいものだよ」
そう言うと、透みきった海のように、たくさんの光の縞や塊が先生の結晶から放たれるのだった。一方、虹の元素のように彩り豊かな光の雫が夥しい群れとなってあきらの小さな結晶の表面すれすれを何度も何度もゆっくりと公転し、その過程でそれらが幾つも付着して、彼の結晶は少しずつ成長をはじめていた。
「わあ。先生の結晶は本当にうつくしいですね」
「ふふ。多分あきらくんの結晶はもっとうつくしいよ。惚れ惚れするなあ。きみやみんなの表情と結晶がそうやって内側からも外側からも輝いている様子を見られるのが、ぼくには何よりもうれしいんだ」
by ototogengo | 2012-03-27 17:52 | はなし
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