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中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、絵、音楽、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。


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『人の脱け殻』

理科の授業中、先生がクラスの全員に訊いたところ、家に脱け殻を残している生徒はたった一人だということが分かった。その生徒はゆうきという名前だった。彼の家庭は裕福で、これまでに残された脱け殻の全てを保管できる十分な空間がその立派な屋敷にあったのだ。二十数年前、彼の祖父は都会で一財産も二財産も築いた後、長閑(のどか)なこの地に居を移した。なので、この先で触れることになる、脱け殻をめぐる伝承にも囚われずに済んだのだ。

次の校外授業を利用して、先生と生徒たちはみんなでゆうきの家を訪れた。学習の大切な一環だと伝えて、先生が彼の母親から許可を得ていたのである。
手入れの行き届いた屋敷の一室に通されると、そこには木枠のついたガラスケースに一体ずつ入れられて、ゆうきの脱け殻が保管されていた。赤ん坊の頃のものから最近のものまでが、時系列順にずらりと横たえられている。たった一つの脱け殻以外は、全てが薄茶色をして硬くなっていた。その例外とは、今日の未明に脱ぎすてられたばかりのものだった。手足を伸ばして仰向けになったその脱け殻は、透明である点を除き、ゆうき自身と寸分も違わない姿に見えた。光沢を帯びていてまだ柔らかみを残したそれは美しかったが、同時に極めて生々しかった。脱け殻の表情は目を閉じて半ば微笑んでおり、それが穏やかに眠っていることを示していた。その全身は見れば見るほどに精巧で、髪の毛や睫毛、手の平の皺の一本一本までもがつぶさに確認できた。接近すれば微かな息づかいが聞こえてくるのではないか、密着すれば温かみが感じられ、鼓動が伝わってくるのではないかと思われるほどだった。
「きゃあ」「こわあい」などと黄色い声をあげ、女子たちは脱け殻に決して近寄らなかった。「うわあ」「きもちわりい」などと言いながら、一部の男子は恐る恐る、しかし半ばうれしそうにそれをつついた。そして、その脱け殻の本体であるゆうきは、部屋の隅の方で恥ずかしそうにうつむいていた。
「みんなは自分の脱け殻を近くで見たことがないの?」
と、先生が訊いた。生徒たちは口々に、
「ないです。わたしの家では、お母さんがすぐに捨てるみたいです。脱皮した後、わたしが目を覚ます前に」
「ぼくも。うちではおばあちゃんが捨てています」
「おれんちはお父さんが捨ててます。でも、その時にちらっと見たことはあります」
と、答えた。それを受け、
「そうなのね。じゃあ、しっかりと見たことがある人は手を挙げてくれる?」
と、先生が提案したところ、総勢24名のなかで挙手したのは、ゆうきを含めた3人だけだった。
「みんな、脱け殻は恐いものでも気持ち悪いものでもないのよ」
と、先生はまず全員を、次に顔を上げたゆうきを力づけるように見て切り出した。
「脱け殻は私たちの一部だったものです。そして、私たちの成長を精確なかたちで留めるものです。だから、脱け殻を観察すると本当にいろいろなことが分かるのよ。それに、私は人の脱け殻がとても美しいと思うわ」
「でも、脱け殻を家に置いていると良くないことが起こるって、お母さんが言っていました」
と、副委員長を務めている、黒くて真っ直ぐな長髪と大きな眼をした女子が言うと、多くの生徒がそれに合わせてうなずいた。そして、「うちも」「やっぱりそうだよね」「呪われるって聞いたよ」「えっ、ほんとに?」「夜中に動き出した脱け殻がわたしを殺しちゃうの。それから、わたしの代わりになって生きるんだって」などと言うざわめきが起こった。
「確かに、人の脱け殻はこの地方では良くないものと言われているわ。だけど、脱け殻が幸運を呼ぶとされている地方や国も、実はたくさんあるの」
先生は再び話し始めた。そして、
「言い伝えや常識が正しいこともきっとあるわ。だけど、本当かどうか分からないのにそれを信じるのはおかしいと思うの。脱け殻に限らず何だってそうで、私はみんなに、簡単に決めつけをしない人になって欲しいの。誤解したままで間違いを重ねる人になって欲しくないし、物事のそのままをしっかりと見つめて考え、そして行動できる人になって欲しいから。私もできるだけそうしているし、そうしていくわ」
と、一人一人の眼を見ながら言った。
by ototogengo | 2013-03-11 17:04 | はなし
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