中島弘貴
by ototogengo
中島弘貴
多様なものごとと関わりながら世界を広げて深める。文筆、絵、音楽、写真をやります。

2011年に解散したバンド“立体”では、うたとギターを担当。


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詩 17

2月23~24日に書いた三作。


「平衡」

ことばだけでは、わたしたちをつなぎとめられなかった
音楽だけでは、わたしたちをつなぎとめられなかった
他のすべての芸術も科学も、たった一つではつなぎとめる強さをもたなかった
存在まるごとをつなぐこと、数多(あまた)の存在まるごとをむすぶこと、
どんな網よりも緻密に、広く、深く、
時空さえも超え、世界に錨(いかり)をおろす、
その重み!
その錨に手がかりに潜ることもできる
その錨を足がかりに飛ぶこともできる
その軌跡もまた、さらなる網を紡いでゆく

だが、網に絡めとられない透明さが求められる
やわらかで軽やかな透明!



「湖たちは」

わたしたちの体をつくる数十兆個の細胞、
数百種類もの細胞
それらの細胞のすべては湖だ、
百数十億年もの――あるいは、それ以上の?――記憶をもつ
そして、そのすべての水中に雲が流れつづけてきた、
これからも流れつづける

晴れわたる空のもと、
細胞のすべての水面(みなも)に青空が映り、雲が流れる、
そのなかの雲とは、まるで違う雲
湖は感じた、覚えた、伝えあった、
新しい空と雲とを
水面に小さな太陽の数々が映った、
極小の蝶たちがひらひらとよぎった、
数えきれないほどの「あなた」が映った
(数えきれないほどの「わたし」を映した「あなた」の湖たちさえも)

それらを「あなた」と「わたし」は忘れた
だが、湖たちは覚えていた



「大いなる、ではない賭け」

自死という賭け
死後の世界はあるのか――あるとすれば、
その世界はこの世界よりも望ましいのか
わたしたちに、それらを知る手だてはないだろう
自死した人びと、彼らは賭けざるをえなかったのか、
それが賭けであると考える余裕すらなかったのか
彼らに尋ねる手だてはないだろう、
おれが自死し、その賭けに勝たないかぎり

おれはより良く生きるほうに賭けたい
それに負けたとしても、死ぬ以上のことはないだろう
賭けきったなら、その過程が無でなければ、
それはほとんど勝ちのようなものじゃないか?
どうだろう、ここにいないきみよ?
なかばおれ自身でしかないきみよ?

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by ototogengo | 2018-02-26 20:25 | | Comments(0)
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